令和3年度 第39回兜太現代俳句新人賞 小田島 渚(おだしま・なぎさ)

1973年(昭和48年)宮城県生まれ
2009年(平成21年)作句開始
2012年(平成24年)銀漢入会
2017年(平成29年)銀漢同人
2018年(平成30年)小熊座入会
2020年(令和2年)第44回宮城県俳句賞受賞
2021年(令和3年)小熊座同人
現代俳句協会会員、宮城県俳句協会常任幹事、仙臺俳句会(超結社句会)運営

 

「真円の虹」   小田島 渚

春風や地球は海をみなぎらせ
亡命の蝶うみいろの翅ひらき
蛤の開けば見ゆる焼け野原
機織りの音をのせたる牡丹雪
浮く力失せ風船は街の隅
春満月こゑみな水に閉ぢ込めつ
種撒くや手より光こぼすやうに
家系図は実験台に蒼く霞む
青白く仮面浮きたる謝肉祭
背中にも目のある巨人青嵐
くちなはの舌先に日時計の影
実存のベルーガ初夏の海を北へ
緑陰やどのくちびるも開かれず
薔薇のひだ昨夜の雨粒ひそませて
終はる永遠 真円の虹がてのひら
翡翠や水辺の言葉ついばめり
姫蜘蛛の囲に命綱あるならむ
降りそそぐ火球しづかに泉湧く
チェス盤を翅のぶ厚き灯蛾歩く
黴の部屋実験の眼の煌々と
大夕立足跡のあとかたもなく
戦火つづき白繭あまた滑り落つ
うづくまる身体熱風絡みつく
巨大蛸(クラーケン)の白夜を歩く針のごと
短夜や星のきざはし崩れだす
黒く澄む瞳に夏雲と狂気
ひしやげたる鉄塔蠅のみ生きてゐる
仰向けのままの人形白驟雨
白桃に突き刺さる硝子の破片
血塊の混じる卵や原爆忌
爆心地のひぐらしに目覚めてひとり
悼む者立たせて星は流れたり
月は尾を切り落としいま海のうへ
生まれずの小鳥心音のみ遺し
流灯や人の影みな濃くしたり
蹄より馬は火炎に天の川
芋虫にも咆哮といふ姿あり
男らと闇をはさみて牡丹焚く
狐の尾みえて鉛のふた柱
天秤のかたへに日差し冬薔薇
斜めがけの鞄に禁書枯野人
水鳥のなかに降り積む銀の砂
子守唄に眠る兵士ら夕焚火
やがて鳥の心臓が生む冬銀河
凍滝のくらきに透ける未来都市
一月のランプの奥にゆがむ顏
凍鶴やはじめにをみな消されゆく
かつて火を熾したる地や蛇眠る
鳥の記憶に寒凪の道光る
大寒の國ぞすべての手にパンを

 

※略歴は受賞時点のものです。