平成6年度下半期 第44回現代俳句協会賞 高野ムツオ(たかの・むつお)

1947年宮城県生まれ。
10代に「駒草」にて阿部みどり女の薫陶を受ける。大学時代に前衛俳句運動に刺激され「海程」に入会のち同人。
1985年「小熊座」創刊とともに入会のち同人。現在同誌編集長。現代俳句協会幹事。
句集『陽炎の家』『鳥柱』。
第24回海程賞、平成5年度宮城県芸術選奨などを受賞。
※略歴は受賞時点のものです。

第44回現代俳句協会賞受賞作  高野ムツオ

四人家族雪夜は蘭の蕾ほど
馥郁と内臓はあり春の雪
羽の音篭る春暮の郵便局
塩竃の初夏まずは蛸の足
雨の夜の少女五人は黒蟻か
天牛やまもなく霧の時代来る
童子の眼碧むやませが滲み通る
放蕩のはじめに金糸南瓜あり
貝殻一つ一つ濃霧のオルゴール
蓮根に空飛ぶ話もちかける
ふわふわの黄金であり冬の蜂
冬田の闇ざっと一億瓲ぐらい
河凍るうすもも色の唇を閉じ
静脈の一脈冬の水族館
かまきりの卵嚢よりの寒暮光
土曜日は我もさざなみ蒸鰈
闇生まる花桐二本歩み寄り
みどりの夜子は一本の眠れる矢
のたりのたりと海は死にゆく蛍草
げんのしょうこから夕闇の子守唄
地下鉄晩夏翅毟られし者ら乗せ
瓶中の蝮の夢や天の川
葛の葉を繰り出す夜の機械あり
眠る子は大きなしずく葛の谷
近づけば暗黒であり大紅葉
谷底の螺鈿となりて残る虫
ジャズが湧く蔦ことごとく枯れ尽くし
雪暗の木々がまぶたを開く音
長距離走者(マラソンランナー)おそらく冬のかすみ草
雪の夜の画集展けば鳥柱
永劫の酸性雨なり兎の眼
陸奥の国襤褸の中に星座組み
祖霊集めるため寒鯛の目玉喰う
阿弖流為(あてるい)の鼓膜を張りし春田なり
野に拾う昔雲雀でありし石
チエルノブイリ夜の菫のその先に
人頭に鳥身みどりの夜を歩き
畦を来る一本足や夏雲雀
梅雨の夜の書物に海が一つずつ
艮に棲めば眼窩に光り苔
アトピー性皮膚炎のわが月見草
族集えり一人は赤き眼の大蛾
波音に鉄道草の月日あり
勾玉の中に醒めたる秋の雨
宵闇の末の松山より少年
海の音聞くために祖母禾となる
霧の国橅も樺も目玉あり
子の喉の火柱見える秋の暮
愛咬のまま陸前の月夜茸
坂口安吾とは霜月の蝶番