1953(昭和28)年2月3日、新潟県生まれ、70歳。
  
◇文芸歴・俳句歴
1983年(昭和58年)「群像」新人文学賞評論部門を受賞し、文芸批評活動開始。著書多数。
 1994年(平成6年)『悪文の初志』で第22回平林たい子文学賞。
 1997年(平成9年)『柳田国男と近代文学』で第8回伊藤整文学賞。
2012(平成24年)から「隠遁」し、俳句を作り始める。
2020年(令和2年)『蓮田善明 戦争と文学』で第70回芸術選奨文部科学大臣賞(評論等部門)。

◇現在
 文芸批評家&俳人。現代俳句協会会員。「豈」、「鬣」、「鹿首」の各同人。

◇句集
『天來の獨樂』(2015年)『をどり字』(2018年)『その前夜』(2022年)

『その前夜』自選五十句  井口時男

虚無僧になりたし柿の花こぼれゐる

世界やはらげよ雨の花あやめ

陽に誇り水に昏れゆくかきつばた

怪獣はみな孤独だつたな夏日星

霊魂(たましひ)を鬻(ひさ)ぐ声あり夏の市 

不死てふ業罰月光都市は白夜めき

頭(づ)潰し釘打ち鋸(のこ)挽(び)き皮剥ぎ穴まどひ

君の肝臓しづかに脹れあけび熟れ

寒夜明け焼酎臭い死が一つ

凍天へ汝が脊柱を直くせよ

雪解やナウマン象のひと揺るぎ

クロッカス心臓こゝに埋めたか

鉢植ゑのきみの肋骨春ふかし

死は背中より花冷えの街のジャズ

藝文の腐草にともる青螢

星と星牽き合ふ夜も海鞘(ほや)太る

踏ん張つて夕陽ひるかよ蟇

わが健啖夏野の石も土くれも

銀河流れよ廃墟も青き水の星

青鷺に見張られて釣る夢の淵

青草われら数へ尽され蛇の道

花梨実ればはや奔放な青乳房

鉄骨の森に迷ひて蝶冷ゆる

霧の酒舗禿頭白頭ひそ〱と

逃水や王国いくつ亡びたる

蜜流れ乳流れ難民流れ砂炎ゆる

ひぐらしの鳴かぬ国なり自爆テロ

闇は温し光は痛し寒卵

その前夜(いまも前夜か)雪しきる

水漬(みづ)くスマホ草生(む)すスマホ日本語暮色

液晶の水蛇(ヒュドラ)がすべる地下水路

月青く猪突の騎士に憂ひあり

雪嶺へ後退り行くわが帰郷

魚沼の雪は掘るものこざくもの

灰かぶり(サンドリヨン)幾たり眠る雪の村

雪の夜のわが少年を幻肢とす

ニンゲンハイッポンノ管サヨナラ五月

山爺が魔羅振りをどる滝とゞろ

梅雨猫と草の隠者は溶けやすく

行間に魑魅(すだま)隠れる秋灯下

月の夜を木霊言霊をどる木偶(でく)

君逝きて電子文字降る枯野かな

ウイルスの春ひつそりとケバブ売

蝶落ちて鱗粉の街メイド服

マスク流るゝムンクの橋の梅雨夕焼

ひきがへる他人ばかりの死者の数

花野行きわらべの母とはぐれけり

草藤や水の家族を母が呼ぶ

憂国忌父よ白寿の一兵卒

夜警斃れて脳内真赤な寒夕焼