昭和58年度(1983)第30回現代俳句協会賞 阿部青鞋(あべ・せいあい

昭和13年・俳誌「車」並びに詩誌「詩」の編集に当る。
昭和15年・「作品倶楽部」の俳句欄選者を3ヶ年続け、同社の『現代名俳句集』を編纂。
昭和20年・故渡辺白泉と、岡山県の青年俳句集『胡蝶』を共編。
昭和29年・「夕刊岡山」の俳句欄担当。俳誌「女像」を編集。
昭和38年・「瓶」(季刊、現在「壜」)を創刊。
句集は、『樹皮』『羽庵集』、八幡船社刊『阿部青鞋篇』『火門集』『続・火門集』、手帖社刊『火門私抄』、『ひとるたま』。
※略歴は受賞時点のものです。

第30回現代俳句協会賞受賞作  阿部青鞋

老鶯や煖炉は灰をつめたうす
藤蔓のふときが夏を淋しうす
どきどきと大きくなりしかたつむり
トランプのダイヤに似たる夏ごころ
正直に花火の殻が落ちてゐる
八月は食器を買ふにふさはしき
河童忌の日の当りゐるところかな
空蟬のなかにも水のひろがりて
肉体は何の葉ならむ夏終る
その父のむっつりと見る赤ん坊
三日月が時には足の近くにあり
大野火のなかより誰か燃えきたる
啓蟄のそとから家の中を見る
縄を焚く人の脱ぎたる縄めけば
ひたいから嬉しくなりてきたりけり
運ばんとわが身を独り折りたたむ
わが腋も葡萄の花をこぼすべし
七夕や輪ゴムが一つ落ちてゐる
夏草の下にあるべきピンセット
涼しくて胸にちからを入れにけり
堕天使のごとき焚火をかこみけり
いづれともなきところにて足袋を穿く
この国の言葉によりて花ぐもり
金屏風立てて咲きたるすみれかな
或る時は洗ひざらしの蝶がとぶ
室内を歩いて夏を待ちにけり
籐椅子の客をしばらく独りにす
大花火天を感じてのちこぼれ
人の手ととりかへてきしわが手かな
炎天をゆく一のわれまた二のわれ
くさめして我は二人にわかれけり
少しづつあらはに積もるみぞれかな
てのひらをすなどらむかと思ひけり
ねむれずに象のしわなど考へる
みんなみの暗きよりきて風ひかる
一匹の穀象家を出てゆけり
螢火の一つをことごとく拾ふ
片あしのおくれてあがる田植かな
海溝に貝の墜ちゆく夏の夢
泥棒が見ればコルクが落ちてゐる
あめつちを俄かに思ふくさめして
空気のみ容れたる壺を飾りおく
夢にして蜂蜜どうとながれけり
食慾はひょっとベンチのやうなもの
手をのこしゆく人ありて汐干狩
くちびるをむすべる如き夏の空
洪水はもしくは鼻毛などに似て
赤ん坊二倍の乳を吐きにけり
干しておく蝙蝠傘の下をおもふ
度しがたき提琴色の夏の暮