昭和60年度(1985)第32回現代俳句協会賞 折笠美秋(おりがさ・びしゅう

生年月日/昭和9年12月23日
出身地/神奈川県
本名/美昭
出身校/早稲田大学文学部
俳歴/「早大俳句研究会」「新暦」を経て、昭和33年「俳句評論」創刊同人となる。現在「騎」同人。
昭和42年第3回俳句評論賞(評論の部)受賞。
句集『虎嘯記』など。
昭和56年東京新聞特別報道部次長のとき発病、病名「筋萎縮性側索硬化症」原因不明、治療なしの難病。
※略歴は受賞時点のものです。

第32回現代俳句協会賞受賞作  折笠美秋

海嘯も激雨もおとこの遺書ならん
波なれば揺れやめば死か北深く
妻よ子よ露世夢生に歯ごたえあり
餅焼くや行方不明の夢ひとつ
雪達磨我れを旅行く我れ居りて
俄雪にわかに父母も戦場も
逢わざれば逢いおるごとし冬の雨
家家のまなじり濡れて日本かな
荒ぶるや海も墓標も一言語
北帰鳥な告げそ告げそ妻が涙を
海霧の縦横無尽の北食堂
月光写真まずたましいの感光せり
呼吸(いき)ととのう菜の花明り胸明り
菜種雨ナザレの人も濡れけるや
ああ大和にし白きさくらの寝屋に咲きちる
満開を見上げる無限落下感
武蔵より甲斐かけて野火向かい風
紅志野や秋雨は聞き上手にて
羽透けゆくものらの秋よかなしき妻も
この世の側のお太鼓帯の銀すすき
目覚めがちなる墓碑あり我れに眠れという
空空たれば漠漠たれば口あけている
花に句に醒めて狂うぞ鬼懸りなる
龍龍龍龍という字が病室に入りきらぬ (龍を4つ並べた64画の漢字。テツ)
空谷や詩いまだ成らず虎とも化さず
人語行き虎老いて虎の斑もなし
俳句思う以外は死者かわれすでに
残月低く聴かずや李徴が風の如きを
全滅の虎林にため息ほどの風
すみれ雨泣きて還らぬものばかり
草枕旅にし見舞う鮒・とんぼ
ポー河ほとり貰い日和の首だるき
ひと転げ落ちれば穴や赤黄男の忌
柩は藤色に塗ろうという友よ
鬼の形相してみる沸々さびしくなる
志と詞と死と日向ぼこりの中なるや
「雪案螢窗」馳せ違う二つわが影
書き込みの鉛筆文字よ十八史略よ
「亮病イ篤シ」指されて読みし少年はも
されば呉越文墨の地を漂え斑鳩(イカル)
君氷雨に転(まろ)びつ酔いつ叫びつの詩か
剣も杖か野火野水野苺野晒し
深紅に眠れ南朝に雨やまざれば
幼な雪自分を夢と思い消ゆ
夢ありや生きとし生けるものに雪
抱きおこされて妻のぬくもり蘭の紅
大雨を妻来つ胸中さらに豪雨ならむ
杉たり一本杉たり倒れて銀河と称ぶ
春暁や足で涙のぬぐえざる
朝茜見飽かずあれば消えやすし