現代俳句の躍動 Ⅳ―1 川名つぎお『焉(えん)』

定価 2000円+税 2022年8月15日発行 装丁/小島真樹
アジアの土地、財産、生命を席巻した
日本の父ら沈黙のまま没した。
山河を守った民の遺族、殊に遺児らの戦後も日本と同じゅうした。
父の沈黙に降りてゆく。 

東京の蟬の爆死と歩むなり
陽炎に知る祖先の不安ユングの忌
ポケットを街のどこかに落しけり
雲雀野や予科練に学ぶ犠牲打
核実験ドストエフスキー流刑地
近代の手暗がり我の字の「戈」
DNA知らぬ遺族タラワの飢餓と
父ら非我と兵の間に行方不明
疎開地や電灯開き村祭り
遺る民族は頭脳のケロイド
忘却曲線かなたまで朧にて
銀河を眼に化石となったモノたち
自選12句 

現代俳句の躍動 Ⅳ―3 久下 晴美『単眼鏡』


定価 2000円+税 2022年5月6日発行 装丁/小島真樹
櫱やにんげんといふ被り物
黙色が辞書に載る日よ亀の鳴く
青葉若葉きりんの首に骨ななつ
細胞のひとつひとつに滝飛沫
水搔きも尻尾も持たず森林浴
秋風をまるく切り取る単眼鏡
しぐれをり熟睡できる北枕    序文(山﨑十生)より抽出
(帯なし)

現代俳句の躍動 Ⅳ―5 鈴木 正治 『雪間』

定価 2800円+税 2022年7月31日発行 装丁/小島真樹
句集名は、東日本大震災・地震・津波・東電原発事故によって被災した牛たちが、
捨て牛として山野に放たれた。
被曝の牛たちは僅かな雪間の枯れ草を求めて
飢えと寒さの中で死んでいった。
罪なくして死んでいった数多の牛たちの魂やすかれと願って詠んだ
「死にきれぬ被曝の牛ら雪間嗅ぐ」をもって据えた。

高館に突つ立ち渡る鳥仰ぐ
死にきれぬ被曝の牛ら雪間嗅ぐ
流木が夭女の墓標海桐咲く
夕野分猪らぶつかり合つて駆く
灼け瓦礫千声万語埋れしまま
津波の碑真つ白き鳥ばかり舞い
新酒注ぐ墓標かたむくまで酔いと
群盗のごと被曝地を猪ら駆く
合歓の花西施に似たる雲が浮く
落ち蟬の二三歩先の死へ歩く
鬼剣舞凍土が撓むまで踏んで
卒寿わが余生なにいろ辛夷咲く
自選12句

現代俳句の躍動 Ⅳ―7 原田 要三 『青蘆』


頒価 2000円+税 2022年7月30日発行 装丁/小島真樹
蝶つかむ無骨なる手をはばからず
ありなしの風聴く病者竹の秋
毛虫焼く妻の指図の矢継ぎ早
青蘆に屈み廃村跡のこゑ
百余基の坑夫の無縁墓灼くる
西日射す小窓一つの子の下宿
母白寿たしかな視野に小鳥来る
冬桜多く語らぬ詩のやうに  序に代えて(佐怒賀正美)より抽出
(帯なし)

現代俳句の躍動 2 岡田耕治『使命』

頒価 1800円 2022年2月2日発行 装丁/小島真樹

何を契機としたのか、いつからか岡田耕治は緻密な知識人に変貌していた。実業における良質な経験の深さなのであろう。彼にはあらゆる情況を受け入れる柔軟さと、それを進捗する意志の力がある。相手の想いに向き合い、自らの思想を丁寧に提示する姿勢。これはあらゆる場面でも変わらない。さらに、いまひとつ指摘しておきたい。その根底には少年時代の鮮烈な感性が今も存在することである。
僕が岡田耕治を信頼する所以である。  ──久保純夫

元号を使わぬ人の蜆汁
春風の後ろへもたれかかりたる
風光る出口にビッグイシュー立つ
ノンアルコールビールを春の季語とする
付箋紙が夏の図鑑を膨らます
小説を読み始めたる素足かな
白シャツを入れ抽斗を出る空気
二学期のええやんあんたそのままで
秋の蚊と一対一になっており
葉鶏頭しばらくこの子あずかりぬ
初氷命の音を交わしけり
紙コップほどの交わり年忘れ  自選12句

現代俳句の躍動 Ⅲ-10 山田哲夫『茲今帖』(jikonjou)

頒価 2500円 2021年8月22日発行 装丁/小島真樹 写真/立石忠之

秋耕の人しばらくは山を見て
花菜摘む杜国に出会いそうな昼
一耕人他には里の山三つ
芋洗うそつなく生きたさみしい掌
母でいてくれたよこんなに枯れるまで
見えぬとは恐ろし梅にはある微香
八月やどこの寺にも兵の墓
八苦の汗誰しも人になる途中
鵯が来ている朝の透明感
老人が風を見ており草の村
一念を通し裸木のごとく立つ
生かされている里山の笑みの中    自選12句

 初めて出会ったとき、この人は病院のベッドにいて、奥さんの丁寧な看護を受けていた。森下草城子が連れていってくれたのを覚えている。どちらかと言えば寡黙。意志の強い人だな、と直ぐ思った。病気など食ってしまって、嚙みしめて、俳句という表現行為にベストを尽くそうとしていた───。見守るしかない。派手な励ましや賛辞は失礼だ、と思った。
 あれから幾年経つか。相変わらずじっくりと作っている。
  冬耕のひとりが石となる日暮
  筍や見えない過去が根のごとく   山田哲夫(「海程」年間賞感想「金子兜太」より)

現代俳句の躍動 Ⅲ-9 林 桂『百花控帖』

頒価 2000円 2021年11月8日発行 装丁/小島真樹 装画/岡本癖三酔

『百花控帖』十句抄

花薄巨石は神となりにけり
男郎花錆びて匂へる父の鉈
南蛮煙管誰にも言へぬ日暮かな
菜の花に身体明るくして戻る
ゆゑなしに悲しき胸や翁草
出征の日の父麦の花一列
薔薇を愛す力石徹のごとく痩せ
捩花の日ごと日暮を惜しみけり
十一人ゐて夏萩に風止まず
夏椿薄明薄暮姉とゐる

花という装置の不思議を改めて思う。地球は水の星と言われるが、また花の星であろう。喪失を癒やす花がなかったら、地球はどんなに淋しい星になっていただろう。(「あとがき」より)

現代俳句の躍動 Ⅱ―9 大河原真青『無音の火』

頒価2000円 2021年7月21日発行  装丁/間村俊一

野鯉走る青水無月の底を搏ち
「野鯉走る」の読後以後、己の範疇を出てゆく句群にこの句の野鯉の姿がうつってやまなかった。野鯉が走る降雨のあとの青野に充満する水の香が無類にして無頼なのである。(森川光郎)

荒星や日ごと崩るる火口壁
被曝の星龍の玉より深き青
手のひらの川蜷恋のうすみどり
根の国の底を奔れる雪解水
窓を打つ火蛾となりては戻り来る
夏果ての海士のこぼせる雫なり
七種や膨らみやまぬ銀河系
沫雪や野性にもどる棄牛の眼
水草生ふ被曝史のまだ一頁
野鯉走る青水無月の底を搏ち
骨片の砂となりゆく晩夏かな
わが町は人住めぬ町椋鳥うねる
白鳥来タイガの色を眸に湛へ
凍餅や第三の火の無音なる
被曝して花の奈落を漂泊す  高野ムツオ15句選

松本龍子 句集『龗神』(おかみのかみ)

私家版  2021年5月28日発行 装丁/松本龍子

月光を背負ひて登る夜の蟬
水や月に代表される自然や生命の循環律を象徴するモチーフと自己投影された季語の二重性を駆使した『龗神』には輪廻転生への思いが籠められており、禅師の箴言「天地同根万物一体」が想起された。(朝吹英和) 

薄氷の星にとけゆく水の音
野火といふ煙に烟る夜の星
てふてふと下山してゐる良寛忌
春の蟬空の裂目に飛び立てり
武者人形よりもののふ消えにけり
蛇の衣遺体置場に赤い靴
蓮の花半身すでに月の水
月光を背負ひて登る夜の蟬
原爆忌鳥の巣にある手榴弾
一片は産声に似て桐一葉
赤とんぼ琥珀のなかで睦みあふ
初霜を壊さぬやうにバレリーナ
枯野とは落下してゐる砂時計
阪神忌どこまで揺れる眼かな
ふつふつとこぼれるひかり雪女   自選15句

現代俳句の躍動 Ⅲ―8 井上論天『家洗ふ』

頒価2000円 2021年3月31日発行  装丁/小島真樹
 
井上論天の俳句の基盤はつねにその「生活」にある。
生活の中の一片一片を切り取りながら、
それを豊かな語彙と落ち着いた感覚で
丁寧に表現して論天ならではの一句に成している。
(宇多喜代子:跋より)
 
妻にまづ御慶の膝をたたみけり
 
歳神を祖霊のごとく迎へけり
 
心棒の外れた母と野に遊ぶ
 
あやまちの昭和の臍に沖縄忌
 
水無月の山が動きて人を呑む
 
人も家も丸洗ひして暑に対ふ
 
聞き役の母の恋しや冷し汁
 
かつと炎天モノクロの昭和人
 
盆魂を泣かせる酒となりにけり
 
父が死に我も死ぬ家柿熟るる
 
畦径を風のごとくに亥の子連
 
流木を芯に据ゑたる磯焚火
 
(佐怒賀正美選)

 

現代俳句の躍動 Ⅲ-7 長沼ひろ志『草餅』

頒価2000円 2021年3月1日発行  装丁/小島真樹
 
都会での身辺詠、
郷里伊那の原風景、
家族や両親。
卒寿を目前にした晩年意識が
それらを柔らかく包んでいる第二句集。
佐怒賀正美
 
ふるさとや雑煮に沁むる粗朶煙
 
寒雷やごろんごろんと双子生る
 
老梅咲く一枝といへど余さじと
 
母ありしころ草餅に草の筋
 
南溟の兄は白寿やつばくらめ
 
予後の身の妻買ひ来たる桜餅
 
獣医師の豚児誉めゆく麦の秋
 
呼びに来たる子も母許草を引く
 
野分立つ草葉の陰の見ゆるほど
 
短日の句会くづれと酒肆の灯と
 
こんな日に来るが井月時雨寒
 
毀傷なき卒寿迎へん冬至風呂
 
(佐怒賀正美選)

現代俳句の躍動 Ⅲ-6 小林邦子『無伴奏チェロ』

頒価2000円 2021年4月30日発行  装丁/小島真樹
 
「六月十日修正液がなくなった」数詞と二句一章の取り合わせが微妙なハーモニーを奏でている。(中略)〈修正液〉が象徴するあらゆる事象と相挨って訴えていることが感取出来るのである。(山﨑十生「序文」より) 
 

もっともっと迷えばいいよしゃぼん玉

残念ながら人に生まれて青き踏む

解読無用新緑の中にいる

六月十日修正液がなくなった

螢はきっとガラスの靴を持つ

泣かさぬように起こさぬように山滴る

八月十五日笑っていても腹は減る

いつも地に足のついてる蟻の列

文化の日坂田藤十郎のお辞儀

十二月八日主な副作用はめまい

自選十句

現代俳句協会の躍動 Ⅰ9 杉浦圭祐『異地』

頒価 1500円 2021年1月15日発行  装丁/ 中山銀士 

記紀伝承の昔から、蟻の熊野詣の昔から、人々が育んできた熊野とはそんな概念の熊野である。長く通った「熊野大学」での放課後的ある時、「概念の熊野」について中上健次さんと話し込んだことがあった。
今、杉浦圭祐さんが『異地』と名付けた句集を前に、あの日のことを思い出している。
(宇多喜代子「跋」より) 

七〇二頁に蜘蛛の子の死骸
大滝を拝むところに火の匂い
馬追と轡虫との体重差
憧れの蛇に覚えてもらいけり
どの木よりつくつくぼうし始まるか
神倉の神火ざわめくひとところ
綿虫よ地下街に来てどうするか
ふぐの身に透けて伊万里の鳥や花
家のある者は家へと鰯雲
誰の子と思いて我を見る鯨

自選10

現代俳句の躍動Ⅲ-5 斉藤道廣『風速千m 昭和の日

頒価1500円 2020年9月30日発行  装丁/小島真樹  帯なし

秒速の早さで砲煙と混迷の昭和史は過ぎ去った
句に、詩の芯が伝わっていれば幸いである  あとがきより

母あれば母を乗せたき花筏
春めくと考へばかり先走り
水打つて水の刃を光らせる
夕焼に真向ひ泥の手を洗ふ
玉音や後ろ手に置く蠅叩
銀芒扱けば熱し生臭し
茸雲黒きマントのマリア様
悴める指もあるべし千手仏
馬橇の鞭は夜空に鳴らすもの

編集部選

現代俳句の躍動Ⅲ-4 土屋遊螢『星の壺』

頒価2500円 2020年12月21日発行 書/土屋遊螢 装丁/小島真樹

今はこの世にないものへの追慕と希求とが
土屋遊螢を十七音の世界へと突き動かし、
その不可能性が孤独の炎を
いっそう燃え上がらせている。
卑弥呼のように見えないものを口寄せしている。 高野ムツオ

月光を載せて傾く皿秤
霜の夜の赤子わずかに発光す
蠅生れてはなびら程の影を生む
三陸の気嵐の底赤子泣く
朝暁や酢の金色を飯に打つ
開くたび墓標が見える揚花火
半身をずずこに埋め童子仏
大寒の動きて止まぬ牛の舌
沖よりの宝風とよ白子干し
座頭鯨の闇陸奥の闇にあり

高野ムツオ選

現代俳句の躍動Ⅲ-3 齋藤厚子『鶴の舞』

頒価2000円 2020年9月10日発行  装丁/小島真樹  帯なし

北辺の地に腰を据えながら厳しく豊かな自然を詠み
西欧文化への関心も深く現代風な詩想に彩られた作も試み
一方で人情味や滑稽味をそこはかと醸し出す
そして内面風景を深く尋ねる世界へと深まっていく。

生くる意味たとへば二羽の鶴の舞
初鏡笑ふ筋肉鍛へをり
雲の色帯びて流氷帰りゆく
イコンよりあふるるものや春の虹
雷神に振り落されし赤子かな
天上の風を奏づる蓮の花
キリストのあばらの如き野分あと
風騒を天命とせむ水の秋
神よ神呆けし母にショール巻く
息白くうれしきことを夫は言ふ    

佐怒賀正美「序に代えて」より

現代俳句の躍動Ⅲ-2 疋田恵美子『日向灘』

頒価 —  2020年8月25日発行 題字/市原正直 表紙写真/園田徳男 装丁/小島真樹

煮凝りの亡母のクローンと思わずや  疋田恵美子

「煮凝り」を「亡母のクローン」と見る、
あえてそう見てみせる、
作者の大胆さがおもしろい。
しかも大胆無頼を好しとするばかりでなく、
亡母への思いの深さ熱さが、
それこそ逆説的に伝わるところが嬉しいのだ。
煮凝りに箸をつけながら亡母を恋ういま。  金子兜太

目玉むきだし踊るマオリや秋の星座
月載せて谷に群れなす孕み鹿
汗とばしり祖母山傾山(そぼかたむき)のきりぎし
初日の出吾は達磨のブロッケン
道祖神だんだん似てくる母はさくら
磔刑のごと夕焼けに一本松
阿蘇五岳虹の片足ズームして
月光に母を泛べる日向灘
累卵のしずけさ初秋のフクシマ
夫の間に夫の手植えの椿盛る
ジュゴン今冬の辺野古をさまよえり
師の生家イロハモミジの種賜う

自選十二句

江中真弓 『六根』

頒価2000円 2020年7月3日発行  装丁/小島真樹

句集『六根』には、楸邨との出会いがあったがゆえに、俳誌「寒雷」があったがゆえに、なんの迷いもなく今日まで俳句を続けてきたという直截な姿勢で作られた句が随所に見られる。   
  寒明けの木も人間も手をひろげ
  新涼やもののいのちは目玉から
など、すべての生きもののいのちを人間とおなじ目の高さで見るという「寒雷」の精神のようなものがうかがえる。宇多喜代子(跋文より)

春荒れのぎざぎざの沖何か兆す
燃えつづく原子の炎薔薇の芽も
冬木の芽目の前を見て遠く見る
梅咲いて胸中を川流れけり
からだごと引き寄せらるる花ミモザ
近づくと思はぬ早さ夏の川
冬日差す象の胴体叩きたし
円空仏のふくみ笑ひぞ大冬瓜
楸邨忌六根青むまで歩く
流れ着きしものの混沌冬芽吹く

自選十句

現代俳句の躍動Ⅲ-1 渡嘉敷皓駄『二月の風が廻り(ニンガチカジマーイ)

頒価1700円 2020年6月23日発行  装丁/小島真樹

沖縄の自然は
生きている者だけではなく、
死者もともに支えている。   宮坂静生「序」より

還らざる零戦銀河を航りけり
小夏日和抱瓶を買ふ陶器市
信天翁殖ゆるやニ月風廻り
敗戦忌日時計の影ゼロを指す
恵方とや辺野古へつづく獣みち
うりずん南風朽木の底に動くもの
梯梧散る与那国馬の草競馬
ラジカセの蛇皮の音色や甘蔗倒す
百万の兵がわたるよ天河原
すめらぎの慰霊の旅や鷹渡る

自選十句

現代俳句の躍動Ⅱ-10  西村葉子遺句集

頒価2800円 2020年12月8日発行  装丁/小島真樹

孫のようで宇宙人のようでかげろう
(第六回毎日俳句大賞金子兜太選第1席)
「句の瑞々しさは抜きん出ていた  金子兜太」

餅花の揺れるあわいの道行や
父の重さの文鎮を置く涅槃西風
甲斐は子も犬もはにかむ遅桜
牡丹剪つて鎌倉夫人老いにけり
生国やあなどれぬもの日向水
蝶綴る影と日向や秋真昼
淡き日の淡き影生み草の花
泥鰌屋の綺麗な炭火夜の秋
七五三巧みに父似母似なり
水仙の捩れ葉一つ世にかぶく

伊吹山眞帆子(次女)

現代俳句の躍動Ⅱ-8 尾上 翠『翠色の香水瓶』

 

頒価 2000円 2019年11月22日発行 装丁/會本久美子 装画・挿絵/ますだおさむ

スタイリストを生業とされていた作者の句には、都会的な空気が漂う中に、雅な言葉を使いこなすセンスも光っている。テレビCMなどの映像演出家であったご主人の大胆な挿絵とのコラボであるこの句集は愛しく切なく、見ても読んでも素敵な一冊。 津髙里永子

自選15句

桜咲く圧縮ファイルあける毎

早春の予定は未定×××

ネガティブとポジティブ交差二月尽

ひとつだけ白状せぬか蛤よ

香水瓶窓辺に置けば翠色

けさの雨まづあぢさゐにお早うを

朝曇一番乗りのロケ現場

鳴子響かせ一気呵成に踊りきる

鬼灯や女の癪を包みこむ

西瓜食む父よ輸血の管つけて

鹿の目は古(いにしへ)を見て濡れてをり

冬薔薇の赤のやうなる病み上がり

一対の手袋ふたり分け合うて

ちはやぶるからくれなゐの歌留多取

桜散る幹の渇きを撫でてみよ

現代俳句の躍動Ⅱ-7 榎本祐子『蝶の骨格』

頒価 2500円 2019年(令和元年)11月30日発行 装丁/小島真樹 装画/松谷武判

確かな詩の世界は、誰かの借り物ではない自分の納得できる表現を求めての結果である。
武田伸一(序文より)

自選12句

日本の蟬の木お昼ご飯かな

還暦や土筆ぎくしゃく煮殺して

羽抜鶏の王なり正しき喉仏

冬麗や完璧な横顔の過ぐ

狐火を自由にさせて眠るなり

春立つ日遊んで胸のぬた場かな

四葩咲く生臭きもの日々食べて

和御魂ががんぼのつるみおるなり

いきものの素足や月に触れてゆく

昼の蛾を見ている同性愛のふたり

さわさわとこおろぎの寄る枕かな

梁(リャン)先生つわぶきの黄ばかりを言う

現代俳句の躍動 Ⅰ-3 堤保徳『姥百合の実』

頒価 1800円 2019年(令和元年)9月15日発行 装丁/小島真樹 装画/堤 慎子

堤保徳さんは探求心旺盛。地貌季語詠のパイオニア。しかもその柔軟な見方で日常の再構築を試みる。『姥百合の実』は13年間の成果が結実した。逸材の待望久しい句集として多くの方々に愛されるに違いない。 宮坂静生

自選10句

沖合は日の照る桜かくしかな

蝦夷梅雨や逢ひたき人に知里幸恵

ネクタイをきりりとふぐり落しかな

天炎ゆる古りし赤尾の豆単よ

島唄や花野の中の滑走路

死してより遊ぶ琥珀の中の蟻

鳥が鳥呼ぶや姥百合実を飛ばす

穴を出て蟬の晩年はじまれり

長生きより達者まま子の尻ぬぐひ

ほむら噴く山や群れざる蝮蛇草

『寺田京子全句集』

定価 2500円 2019年6月22日発行 2019年10月31日第二刷発行
装丁/小島真樹 解題/江中真弓 後記/宇多喜代子 栞/林 桂

寺田京子は、圧倒的な言葉の強さを持つ作家である。同時代にこのような言葉の質を持つ女性作家は稀有だろう。林 桂(「栞」より)

宇多喜代子選10句

旱の夜おんなじ貌の鰈焼く

嫁がんと冬髪洗ふうしろ通る

ストーブごんごん焚きて炭坑夫が威張る

樹氷林男追うには呼吸足りぬ

日の鷹がとぶ骨片となるまで飛ぶ

妻を見る冬日さらさら森澄雄

鷺の巣や東西南北さびしきか

雪の傘広げて石狩平野かな

一生の噓とまことと雪ふる木

慕われて絹や木綿や春の風邪

鈴木石夫句集集成『裏山に名前がなくて』

頒価2000円 平成31310日発行 カバーイラスト/歸山吉夫 本文イラスト/田口 武

ぼくたちは、目に見えないえにしの糸にたぐり寄せられて、こうしてここに一団を形づくっているのだ。このえにしの不思議さを大事にして行こうではないか。

俳句は面白くなければ……
それに 俳句は自由でなければ……とも、しきりに思うのである。(鈴木石夫)

 

串柿の種背信の味がする

東京時雨おろおろ歩く母をかばひ

パチンコの外は童話の夜の雪

老後にて絶品の畦塗りあげる

マラソンの膀胱はもみくちゃである

死後も要るおちやわんと箸 枯木星

送り盆一方的にさやうなら

原爆忌雀が窓に来てくれた

夏落葉踏んで体重確かめる

裏山に名前がなくて裏の山 (所収句より)

 

Ⅱ-6 現代俳句のつどい選集 現Ⅳ (げんフォー)

定価1500円 令和元年9月1日発行 装幀/小島真樹

令和に吹く新しい風『現Ⅳ』

 昭和58年に始まった研修部句会「現代俳句のつどい」は、100回毎に選集を出していて、4冊目の『現』は第301回(平成225月)から第400回(平成309月)までの100回の句会に参加された61名の全作品4239句から699句を収録したものです。

 なお、研修部句会「現代俳句のつどい」は、毎月第1土曜日午後1時より現代俳句協会図書室で開催されています。特定の指導者は置かず、参加者が平等の立場で意見を述べ合う風通しの良い句会です。運営は405060代が中心となり、活発に活動しています。

現代俳句協会の会員なら、どなたでも参加できますので是非おいでください。

選集10句抄

こいびとと死なぬ螢を飼っている       石山 正子

柿が熟してほのぼのとわが鎖骨        大坪 重治

ゆうれいの脱力で戦争に反対する       岡田 一夫

掃除ロボット国破れたる日を走る       佐藤 晏行

緑陰を太らせている笑い声          杉本青三郎

原発や牛は牛犬は犬といる          田中いすず

鋏よく切れ八月の理髪店           中内 火星

顔にモザイク胸元に赤い羽根         松井 真吾

蝌蚪のひも迎えにこない親がいる       横須賀洋子

秘密保護法十二月のこめかみ         若林つる子

 

Ⅱ-5 佐川 盟子『火を放つ』

定価 1500円 2019年7月30日発行 題字・装画/コーチはじめ 装丁/佐川盟子

  目覚めると此の世に腕が冷えてゐた

 この人はオバサンにならずに長い時間を水晶のような硬さと透明感とをもって生きていくのだろう。じっくり書いていく人になりそう、と感じながら友達になった私の勘は間違っていなかった。  池田澄子

 

自選12句

寒灯や雨は光の中に光り

セーターを脱ぐと外れる耳飾

花冷を辞令一枚持ち帰る

一匹のまづ一本のくもの糸

滔々と流れ岩魚を動かさず

蟬のこゑ淡く巡らす廃墟かな

キッチンを灯すと淋し夏休み

脱げさうな靴で西日を歩いてゐる

工場の中が明るい秋の暮

綿虫が浮き荊棘線が錆びてゐる

容疑の男サンダルで捕はるる

わたくしに温められし布団かな

 

Ⅱ-4 ?岡 一三『遠方』

頒価2000円 令和2019年6月25日発行 装丁/小島真樹

  蝗仲間いなごを取りに行ったきり

 この句に出会った時、妙に郷愁を感じた。この「蝗仲間」は自分のことだと直感した。いつまで経っても幼い頃の思い出は心の底に積もっている。そうだ、あの時の「蝗仲間」はいまでもどこかを浮遊しているのだ。それを実感するのも表現の力のひとつに違いあるまい。そんな確信めいたことを思っていた。 塩野谷 仁(序文より)

 

自選12句

父母の写真狐の泊まる家

緑蔭を誰も出られぬやうに塗る

六角は愛するかたち糸とんぼ

きちきちばった昔から来た葉書

空海を探しに行きぬ天道虫

をんをんと鳴る春分の火炎土器

根性の野火がここまで消えに来る

また河鹿人に後れていて普通

草いきれ何もしていない怖さ

コロンブスの卵が一つ冷蔵庫

魚の目いつも全開四月馬鹿

蝗仲間いなごを取りに行ったきり

 

Ⅱ-3 新井 温子(あらいあつこ) 『一双』

頒価 1500円 令和元年7月27日発行 装丁/小島真樹

自選10句

天高し駱駝が駱駝曳いており

六日九日十五日空が三つ

一双のつばさください春の海

クレヨンのやがては春の海になる

紅をさす小指にリズム春うらら

ポケットの中に寒いと書いている

あなたです梅一輪の佇まい

しあわせは自分で決める温め酒

花合歓を見上げるやわらかな時間

佐保姫といっしょに入る小間物屋帯なし

 

Ⅱ-2 坂本 君江 俳句×エッセイ 『まほらの月』

頒価1200円 令和元年7月7日発行 装画/坂本君江  装丁/小島真樹

詩人としての懐かしき原風景や切なる思いを俳句形式に昇華させた─新しいかたちの俳句&エッセイ集─

 

自選10句

血族の墓やまほらの月の下

月が子を生み落としたり田の毎に

青い瞳の君詠む詩やメイストーム

未開の地蟻葬の子や葉の産着

蹴り落とす満月笑うウヒョウヒョと

ミサンガを吾に結ぶや雛の宴

ハヤブサの羽も借りたや浪漫飛行

富士あざみ暗夜航路の灯とならむ

老境のかしこに咲くや福寿草

火葬場の軋む門扉や花吹雪

 

Ⅱ-1 谷口 智子(さとこ) 『蛇眠る』

頒価 2500円 令和元年8月1日発行  装丁/小島真樹

「俳句とは何か」を模索して四十余年
これからも自由自在に私自身の俳句を書きつづけたい

自選13句

剃刀の刃より一頭蝶生まる

欲望のさくらさくらとわれら疲弊

春昼を跨ぎにわとり捨てにゆく

難聴の夏蝶ばかりが縺れ合う

おとうとと月のかけらを拾いけり

死際の真冬のブランコ漕いで父
吃音のままで百年散る銀杏

寒鴉逃げ出す現場火の海に

貨物列車出てゆく蛇を眠らせて

熱湯をうぐいすのために冷ましおく

二月の部屋誰も居ないが誰か居る

リラ冷の改札口で人を抱く

骨壺は蛇の匂いのする部屋に

 

Ⅰ-10 小池つと夢 『終着駅』 

頒価 2500円 令和元年7月5日発行

 折檻の母も子も吐く白い息   小池つと夢

昔も今も母親は子どものことを真剣に思って心を鬼にして叱る。いまは社会問題になっているが、昔は「折檻」という形も許容された。一時代前の貧しい時代には、何よりも真人間に育つようにと、親も子も懸命だったのである。今の時代のように不正をしても偉ければよいとは論外で、人間として正しく生きなければいけないという、貧しくとも倫理観のまっとうな時代があったのである。この句は何度読んでも涙が出そうになる。

佐怒賀正美「序に代えて」より

 

自選10句 

鴨の銃殺見て来て母に送金す

白鳥来たり村に唯一の赤電話

葬儀屋の夜なべ丸見え脱稿す

薬臭の母の食器に雛あられ

鯊釣りのはづされし義肢傍に

枯野駅母が居さうで降りてみる 

仔馬立つながき臍の緒曳きずりて

初蝶や母の柩の覗き窓

母の忌や働きづめの蟻の脚

蛍火や終着駅に母が待つ

 

Ⅰ-8 小野 功 『共鳴り』 

頒価 2000円  2019年3月31日発行  装丁/小島真樹

現場に立ち合わせた作者の息吹、納得するまで物事の本質に迫って行く作者の強い意思。(塩野谷 仁)

 

自選12句

懐の刃磨いて雲の峰

十六夜に男階段踏み外す

白さざんか指の先から冷めてくる

潮けむり室戸岬の春慈光

風車まわり過ぎれば嫌われる

しばらくは等身大の春に座す

荷風ならきっと手にしたこぼれ萩

墨染の冬の結界永平寺

共鳴りの滅ぶことなき寒北斗

春愁の阿修羅眉間にある敵意

盟友は今も盟友沈丁花

菜の花のてっぺんを摘み不眠症

 

Ⅰ-7 堀 節誉(ほり せつよ) 『渋(じゅう)

頒価2000円 令和元年5月31日発行  装画/堀 研  装丁/小島真樹

物の存在は光の屈折によって変化しつづける
その変化してゆくものを心で受け止め
「がむしゃら」に生きてきたこれまでとは
違った存在の自分を知りたい

 

自選10句

長い旅になりそうで雪が融ける

骨拾う心構え大地芽吹く

羽交い絞めにされるふっと春の雪

空蟬に残る自分を抱くちから

熱く触れあえるところに枇杷の傷

カンナの緋叩かれるまで伸びよ

会いたいかと問われしばらく背泳

台風の来るとき目玉洗いけり

この空気を持ちこたえ冬瓜抱く

渋柿の渋抜けてゆく美学かな

 

Ⅰ-6 有坂 花野 『青き小(ちい)さき魚(うお) 』

装画/有坂雅江  装丁/小島真樹

俳句がこんなに短い詩でなかったら、世界中の「俳句」を知っている人々に愛されているこの奇跡のような短い詩の歴史、先人、先輩、仲間、そして俳誌という存在がなかったなら、これほどにもゆたかな文学的体験は私には実現しなかっただろう。(あとがきより)

 

自選12句

青き小さき魚となるべく泳ぎけり

この星の戦絶つべし冬銀河

鳥渡る東京棄てるすべもなし

閑古鳥汝は見ざりし地震津波

眠つてはいけないお魚冬怒濤

法枉げて夏野よごれてしまひけり

凍土や死の商人の革ブーツ

正義のはなしへこんで見える冬の月

枯野のはて湖に水飲みにくる星々

薔薇たちよカザルスの鳥のやうに鳴け

メフィストフェレスの爪伸びてゆく朴の花

死はたぶん甘きねむりの淵の月

 

Ⅰ-5 永島理江子 『石鼎のこゑ』 

頒価 2600円 平成31年3月3日発行  装丁/小島真樹

『石鼎のこゑ』句集名がいい。

句もまた思いが熱い。著者は思慕の人。

師への思慕は亡き夫への恋慕となり胸を打つ。

〈涅槃吹く家の中にもけものみち〉は出色の作。渾身の第6句集。  宮坂静生

 

自選10句

福藁をさくさくさくとたれか来る

樹木医の胸板厚き春を侍っ

金剛杖けふ越えゆかむ秋の虹

歳月や石鼎旧居の白椿

筑波嶺を遠まなざしに更衣

ころぶとはいと寂しきや立葵

結氷となるか軍馬の泪かな

激論の寺山修司麦の秋

瓢吹けば石鼎のこゑ間近にす

昏れそめしわが体内に眠る山

 

Ⅰ-4 岡田 春人 『赤石岳』

頒価 2000円 平成31年4月18日発行 装丁/小島真樹

少年時代、実家の農業を手伝い、土と親しんでいた感覚が、今でも無意識のうちに、俳句に影響を及ぼしている。
この自然との感覚は、これからも大切にしたい。

自選10句

ほこほこと陽の配らるる冬木の芽

生きものが匂ひだしたり春の風

暖かや水つぽい老人となる

大都市をまあるく走る初電車

母笑ふならいくたびも豆を打つ

全員のたどり着きたる泉かな

冬の田の小さきものの寝床かな

ちちははの亡き故郷の寝正月

春野を歩くさびしがるてのひらと

秋風や石は黙つて生きてゐる

 

『受け止むる淵』現代俳句の躍動 第1期・2 海野良三 著

(頒価2,000円 2018年11月刊)

「人のよささうな案山子でいいのかな」の一句は傑作。まさに著者良三さんの自省の気持が托されていよう。『受け止むる淵』とは見事な句集。旅吟も多く、知識欲旺盛さは変らないが、からだを張って刺激を昇華させる努力を〈淵〉と受け止める深さ、勁さが見られ感動する。(宮坂静生)

遠雷のごとアイガーの雪崩音
菜の花や鬼の雪隠傾ぎたる
人のよささうな案山子でいいのかな
みちのくの遮光器土偶蟾蜍(ひきがへる)
寒暮光海すれすれに飛ぶ一鵜
生きるとは出発の日々雪解川
万象に息といふもの初明り
山小屋は銀河のふちに舫ひけり
微笑みを尽くし穂草の枯れにけり
雪激し受け止むる淵無尽蔵
根雪からひゆんひゆん楉(しもと)天に跳ね
よく嚙むはよく生きること木の芽和
(自選十二句)

『河鹿笛』 現代俳句の躍動 第1期・1 大里卓司 著

(私家版 2018年11月刊)

戦後とはいつも戦前雨蛙
敗戦忌父が答えなかった訳
生きていてすまないと聞く八月の空
なんにでもなれたとおもう春の泥
入学は明日バスケシューズの匂いたつ
臨界の穴より地虫貌を出す
春の鍵一分前には握っていた
周五郎を閉じ花びらを掃きに出る
開場を待つプールの底に朝日
厨窓から初冠雪の永田岳
ひらがなの余白をあやす白式部