昭和51年度(1976)第23回現代俳句協会賞 井沢唯夫(いざわ・ただお

(本名 忠男)大正8年3月大阪市に生まれる。昭和12年旧制商業学校卒、この年在学中より作句を始め、「鹿火屋」に投句、加藤しげる主宰「紺」により鈴木羊子(六林男)を知る。「馬酔木」「寒雷」を経て敗戦。昭和21年4月「青天」参加。以後、西東三鬼を師とし「雷光」・「夜盗派」・「梟」・「縄」と同人誌に拠る。
著書『野に葬る』・『杭』・『点滅』・『紅型(びんがた)』の句集あり、第3回頂点賞、現在「頂点」同人・新俳句人連盟中央委員・関西俳誌連盟常任委員(「現代俳句協会会報」No.70 1976年12月)

第23回現代俳句協会賞受賞句  井沢唯夫

 紅型(びんがた)明り
(昭和50年9月~51年8月)
明日寒き頭上酔い星働き星
鋼管の善悪組まれ冬の雲
雪ふるや死はあたたかに右ひだり
今日の喪へ開くあかるき傘の裏
無器用な手がうごきいる花曇り
耳鳴りの一日暮れる藤の花
曇る日の菜畠あかり敵味方
旦鴉・夕べの鴉・陽の葦原
手が酔いて踊る生き生き冥の国
炎昼に陰(ほと)を描きて筆誅よ
岸岸の秋や火の粉が降つている
地下鉄の曲るときみる冬の闇
遠干潟鬼が火を焚くまひるかな
ゆきのした少し暗闇孫ひまご
昼寝ざめ足裏にある父の墓
春山の裾を消しゆく薬売り
眦に金属しずむ冬田かな
雪昏れてたたかいおわる紙袋
暴力や男ときどき梅林に
冷房に鉄塔を消しふり返る
(昭和49年9月~50年8月)
悪の日暮れの夾竹桃十株
夾竹桃輪姦罪の哀れかな
奏楽の天へ茂れる藷の蔓
空港のイエスキリスト麺麭暑し
ジェット機の飢えたる手足着陸後
釜ケ崎黒衣まぎれこみ雨に
ひとり子の帽子奪わる麦畠
湯鉄沸くやさしきものら右手あげ
顔しろく現代暮れる秋の山
鼠穴るると室内電話線
(昭和48年9月~49年8月)
耳暮れて梅ひと枝へあやうき手
上へ双子わかれの梅明り
泡盛や老いては見ゆる鼬道
石臼を抛りあげたる桃の空
逃げ水の上の黒人霊歌かな
驟雨後のあかるき基地のねずみとり
涅槃西風ねむりいろなる珊瑚彫る
相姦の松の枝ぶり十三夜
東は暗く西へ明るき鷺の空
陽の欅くろき週末すこし見ゆ
(昭和47年9月~48年8月)
地下鉄の疾風(はやて)の奥の青芒
枯蓮や無用の者ら無用の首
水と木のあらそいゆれる雛の眸
とおくより紅型(びんがた)明りははの空
髭を剃る自由な右手桜の中
晩年の乳房を見たる大鴉
洗骨や夕空へ撒く羊歯胞子
暮れる基地梯子かかえてよこぎるは
暖冬の蓮沼めぐる肉親たち
掌にふかき弾のかげりや男舞

略歴は「現代俳句協会会報 No.70 1976年12月号」、句は『現代俳句四賞集成』による。