昭和61年度(1986)第33回現代俳句協会賞 栗林千津(くりばやし・ちづ)1910-2002

明治43年4月10日生まれ。
昭和2年宇都宮第一高女卒、同32年「みちのく」入会。
39年「鶴」入会。
40年句集『のうぜん花』発行「みちのく賞」受賞。
42年「鶴」退会「鷹」入会。同年「鷹」同人、同年句集『命独楽』発行。
52年「鷹」退会。同年句集『水の午後』発行後ほぼ2年ごとに句集『火を枯れを』『祈り』『羅紗』発行。
現在無所属。

※略歴は受賞時点のものです。

第33回現代俳句協会賞受賞作  栗林千津

行く年くる年かすも浮きたる子を膝に
白粥の白大雪の精神科
昏れてゆく人の顔あり厚氷
欲得も顔の隙間も凍りけり
縄とびの中の生身や一の午
アネモネや千里の先に吾を置き
わがまなこ二つを放り野火とせむ
砂山に憂き身をやつしゐる揚羽
箱枕夏は真水の如くなり
人形を悪事に誘ふ日向水
服喪の母螢を囲ふ姿なり
蝗々と河豚を食べたる通り雨
夏の月水の命を纏ひけり
こころ踏むごとひぐらしのひびきくる
神様も鳥も素足や枯木立
わが死おもへば誰かが笑ふ冬景色
輪ゴムその他いつまで寒い日輪よ
何か爆ず焚火よわれの終末か
着ぶくれて海山ともに平らなり
如月のいづこに鈴を置きたるや
髪洗ふ残るいのちを洗ひけり
とうめいな死を道連れに夏遍路
人形の素魂の棲める木下闇
二つ三つ嘘見え泥鰌飼ってゐる
半夏生鰭長き魚切らるるよ
己が十指に怯えて泣く嬰雲の峰
緋目高を数えてをりし男かな
雁や死化粧朱をつくしたる
青いシグナルおこそずきんを脱ぎ給へ
こほろぎが石工に見えるあかるさなり
風邪の子が部屋部屋にゐる畳の目
翔ぶものへ鮭のはららご炎えてゐる
ここかしこ冬虹胸の谷眩し
熱の掌に沢蟹沢の薄氷
西方もよし大根葉汁の実に
咎のやうに蛇うすれゆくねむりゆく
燃せば鳴る幼時の川も寒の入り
冬深井みんな無口になってゐる
花に微風かたちよき人明りかな
花までゆきまひるの水を敲きけり
桃の日の月を捉えしオブラート
後の世の雲雀おもへば手の林
死んでから背丈がのびる霞かな
水ナ上にまくなぎ移るわが病
藤咲いて死後のわれゐる潦
添乳の痛みをいまに椿の夜
うぐひすや掌にあるものを影といふ
片乳房卯月曇といふべしや
くずざくら外階段を降りてくる
夏葱は遺書の余白に似てゐたり