平成3年度 第38回現代俳句協会賞 夏石番矢(なついし・ばんや)

本名・乾昌幸。1955年兵庫県相生市生まれ。中学三年生より作句開始。
句集『猟常記』『真空律』『神々のフーガ』『人体オペラ』など。『俳句のポエティック』『現代俳句キーワード辞典』。共著『現代俳句ニューウェイブ』など。
故高柳重信に師事。同人誌「未定」に創刊より参画、同人。
1992年1月、石井辰彦、四方田犬彦と文学同人誌「三蔵」創刊。

※略歴は受賞時点のものです。

第38回現代俳句協会賞受賞作  夏石番矢

すなあらし私の頭は無数の斜面
月光を堪え忍ぶ山ここへ来い
日本海に稲妻の尾が入れられる
山脈に耳あり夜の石つぶて
はればれと野を折り畳む老婆かな
神々のあくびが桜を枯らすのか
夏草に沈みし兄は臼なりき
髪なびく惑星直列の夜よ
君がためうしろの海をたち割らん
狐らも夜霧の上の風を聴け
かごめかごめSusaから須佐へ睡魔発(た)
我を待つ雲の黄金海岸か
梟の夢にも船の大鏡
ひんがしに霧の巨人がよこたわる
のちの世の杖衝坂(つえつきざか)の無月かな
見逃さじ渚の森の白き犬
月光に震えているのは橋だけか
ヒロヒトのsunsetにぞ粥すする
ふるさとは海に溺れよ茜雲
タメトモハゼに今上天皇かかずらう
塵さわぐ七つの鉄の橋の上
朝市に垂れ目の土井たか子が来るぞ
海痩せて浜痩せてこの大男
油の柱にかくれて神は哭きたまう
アッラーの耳と耳のあいだで暁を待つ
一月やパトリオットは豚の華
男娼は砂で五感を磨くなり
征アラブ大将軍はいぼむしり
雀の国の雀のミサにまぎれこむ
あわなみのみことをさらう遊びかな
さねかずら八雲大王入日の宴
群れ騒ぐ鷗にかけてこの世を愛す
木の国の影長姫(かげながひめ)の子守唄
なぎの葉を未来のイヴのてのひらに
兄達の枕はさくら熊野灘
正装の老婆を襲う藤の花
ふりかぶれ熊野の鬱の蟬の歌
千年一呼吸の小石灼ける石
老人と浜を南へ歩むなり
語らざれ窓の下にも天の河
山学校も海学校も夕焼ける
我こそは浮島守(うきしまもり)よからすうり
愚者愚者と滝もつぶやけ十三夜
うみやまの金剛すなわち母の膝
地の果ての光の網よみどりごよ
とべら咲く荒船海岸健次ぶつぶつ
夜光る鯨のまなこまなむすめ
きさらぎに片手動かぬ男と呑むよ
海を出る水は玉なり空海忌
父と子を熊野の無量光へだつ