昭和63年度 第35回現代俳句協会賞 柿本多映(かきもと・たえ)

昭和3年滋賀県生まれ。52年「渦」入会。55年第5回「渦賞」受賞。57年赤尾兜子一周忌を済ませ「渦」退会。59年句集『夢谷』発行。同年第2回現代俳句協会新人賞佳作一席。滋賀県出版文化賞。62年「草苑推薦作品優秀賞」受賞。「白燕」「草苑」「犀」同人。
※略歴は受賞時点のものです。

第35回現代俳句協会賞受賞作  柿本多映

鳥帰る近江に白き皿重ね
僧跳んであらはになりし梅雨穴
行間や火蛾(ひむし)が腹を擦ってゆく
揚羽蝶遠忌の柱叩くかな
ゆふべから耳成山へ吹く穂絮
秋風に人は走りてゐたりけり
他郷にて影の溺るる洗濯場
鴨の首ゆたかに青しちちははよ
鬼灯にくちびる厚くしてゐたり
月明の陵なれば素通りす
日の蝕や髪はいつより吹かれけむ
人体に蝶のあつまる涅槃かな
着飾りて水陽炎の中にゐる
春昼をひらりと巫女の曲りけり
草が生え濡れはじめたる春の寺
母と来て何もうつさぬ潦
暗がりをよろこぶ魂や魂祭
玄島に入りて影濃き日傘かな
桃の水甘し酸っぱし石河原
大文字山よりカナカナと鳴きぬ
寺妻に触れし揚羽の寒からむ
老人は大虎杖を笑ひけり
穴に入る背中はまろし梅の頃
木に凭ればたゆたひはじむ桃林
桜の木抱きて腕冷ゆるかな
長泣きの童女に未草ひらく
夏の昼しばらく口を開けてゐる
八月の山に沈みて漆の木
旦暮の蜩の木を摑み立つ
深秋の猫をあつめて病んでゐる
晴れきって氷の下の魚と思ふ
閂を閉ざし猪鍋囲みをる
また春や免れがたく菫咲き
(くちなは)と赤子の歩く天気かな
ひるすぎの背中に藤の余りたる
てふてふやほとけが山を降りてくる
誰れ彼れの背中のみゆる昼花火
杉戸引きてより一面の菊の景
冬蝶よ草木もいそぎ始めたり
袋大きく提げて花見かな
日の射して蓬の原に見送らる
苔庭も烏揚羽も焦げてゐる
脇腹に鶏を抱へてゆく九月
この村に気配の見えぬ祭かな
ゆふぐれの吾を離るる白桔梗
生国の昼へ蹴り出す煙茸
留守の家鶏頭の赤倒れたり
下町に月下美人の騒ぎあり
補陀落や曲り角には唐辛子
大鏡火事をうつして崩れけり