平成4年度下半期 第40回現代俳句協会賞 西野理郎(にしの・りろう)1921-2000

本名、正哲。大正10年7月18日、本籍地は宇部市だが、福知山市で生まれた。
昭和12年より俳句をはじめ、最初「ホトトギス」「草」に所属、「二桃」「草汁」に参加。戦後、「太陽系」「火山系」「七面鳥」「薔薇」を経て、「俳句評論」。外に「芝火」「東虹」「俳句基地」「俳句ポエム」「未来派」「祝祭」「大樹」「渦」など遍歴。現在は、「葦」「櫟」「国」「天籟通信」に所属。
句集に『海炎集』『冬日向』がある。

※略歴は受賞時点のものです。

第40回現代俳句協会賞受賞作  西野理郎

この夏を黒龍江と呼びにけり
老いながら鴉で通す五月盡
桐咲くや骨を綺麗にしておかむ
青柿の人嫌ひでは濟まされぬ
舟蟲のゆくところまでゆくとせむ
螢火に魔法の解けし甕の口
水甕の蓋にもならず明易き
七月の潜水艦になれといふ
白地着てこの先針葉樹林あり
忽必烈の名を轟かし田水沸く
桃冷す水の中まで日は没りぬ
桃の種中は火の海かもしれず
空蟬のうすくらがりのままにあり
立秋は提灯でくるものならむ
石佛の微笑のはじめ白木槿
木喰の夢をまづ見る白木槿
葉にならず莖にもならず星月夜
星月夜一本杉になりすます
稲妻は柱を敵と思ひけり
犬蓼の影の長さを競はしむ
萩咲くや山姥に酢の染みてゆく
鬼灯を賣る山彦の棲みはじむ
梨を剝く青海原に出ても剝く
雲湧いて消えても佛あけび熟る
山姥の脛にあそんで藪がらし
黒葡萄彌勒菩薩を走らしむ
魚の骨尖るは秋の名残かな
佛にも神にも別れ葱となりぬ
火の国の葱の白根に落着きし
その奥になほ瀧ひびく白障子
狐火に土瓶の口を向けておく
狐火や酢が効きすぎてゐはせぬか
雪国の燈明杉になりてゆく
湯ざめして置きどころなき火消壺
産みすぎて手足ばらばらなる氷柱
梟の有無を言はせぬかたちせり
梟の眼に耐へきれず鬆の入りぬ
さりげなく鶴ゐてさりげなき二月
茶柱の立ちそびれたる鳥曇
山彦になれと土筆を煮てをりぬ
無精卵ばかりを賣りて雪残る
椿よと醉ひはじめたる水あかり
旅に出てそれきり大虎杖になる
虎杖の身の上に在れ野の翁
黒猫の伸び縮みする桃畠
桃の花ゆつくり歩くひとに咲く
下萌は棒高飛びに始りぬ
二階より下りきて霞む方へゆく
春月に乳房の重み偽りぬ
花ならば薊と答ふ野の鬼よ