昭和49年度(1974)第21回現代俳句協会賞 小檜山繁子(こひやま・しげこ

第21回現代俳句協会賞受賞句  小檜山繁子

 「無縫の海」
 昭和49年8月~48年9月
針・刃物・鏡・ひかがみ熱砂越ゆ
風沙漠頭蓋を離れゆく骨ら
日焼少女魚を食はねばかはきをり
蟻地獄砂礫は踵ひき入れつ
熱沙冷え星間に魚の目を思ふ
杏村腿に小花の蚤の痕
炎天を駱駝の頸が遊泳す
疲れたる西日の顔は駱駝かな
熱沙ゆく無限X駱駝の脚
玉葱の熟睡音を立てず去る
鵯のこゑ小枝を落しゆくごとし
初冬のをんなの耳は涙壺
紅けぶる冬の林檎をかくし持つ
伊勢海老の死の曲線や油ぎる
初蟬の晴天に白影法師
青柿や化粧して顔苦しかり
今年また何見て淡し合歓の花
あかあかと夢に綿打つ晩夏かな
満月を刺す鉛筆をひと日研ぐ
わが雉子を消して雉子啼く火掻棒
 昭和48年8月~47年9月
栗の花絶句して身の熱きかな
朧夜の母ひらかなのやうに老い
神のかげあり大寒の臼・刃物
遠雪嶺怒りしあとは歯がゆるむ
蝙蝠飛ぶ墓石の角を忘れしめず
白桃をおもひて眠る砂の町に
蟲のこゑ濤の上に出づ真暗に
荒海の鱚直線に焼かれたり
稲妻の野に煮凝りの沼ひとつ
没日見る乾鮭の口地に立てて
 昭和47年8月~46年9月
わらび摘む婆か蕨か骨の音
乙女椿もう終りたき錆の渦
とはの故郷夜明は鶏の脚凍り
乾鮭の背骨にふれて刃をすすむ
女にも怒りはじめの臍ありぬ
冬猫の眠りの渦の中に耳
羽抜鶏いかりて蹴爪地を掻けず
稲妻の夜の鏡中は彼岸かな
たそがれの無縫の海を雁渡し
 昭和46年8月~45年9月
食ひ入りて出づるを忘る栗の蟲
ひな罌粟は火の涙壺太宰の忌
熱の中流れ来ぬ白曼珠沙華
白桃に昨日の指の痕のこる
花冷えや死ぬまで包丁の柄を握る
花散ると言えど腹へるかなしさよ
鶏の丸焼まはり店頭雪降れり
蟇鳴くやカフカはわれを置き去りに
 「マカオ」
夏に老い頭蓋ちぢまる海蛇干し
だぶだぶの夏鮟鱇の行方かな

『現代俳句四賞集成』より