2020年度 第75回受賞者 秋尾 敏(あきお・びん)

(本名:河合 章男)
・1950年(昭和25年)埼玉県生まれ。70歳。
・父(河合凱夫)の影響により幼少期より作句。
・1971年(昭和46年)「軸」に入会し俳論を連載。
・1991年(平成3年)第11回現代俳句評論賞受賞「子規の近代―俳句の成立を巡って―」。
・1999年(平成11年)「軸」主宰を継承、現在に到る。
・2018年(平成30年) 第5回俳句四季特別賞(『俳句の底力』平成29年刊)
・現代俳句協会副会長、全国俳誌協会会長、千葉県俳句作家協会理事長、野田俳句連盟会長、俳句図書館鳴弦文庫館長。
・俳文学会、日本ペンクラブ、日本文藝家協会 各会員。

句集『私の行方』(2000年)、『納まらぬ』(2005年)、『ア・ラ・カルト』(2008年)、『悪の種』(2012年)、『ふりみだす』(2019年)、他に詩集、評論集など。

 

『ふりみだす』自選五十句   秋尾 敏

学校の柳が髪をふりみだす

つくし見落とす進歩的知識人

蛸を買った寂しい思い出を語る

生身魂銃後の虹を語りだす

われら残像光年の銀河の友よ

氷点となって音叉の張りつめる

冬深む秘すれば暗くなる旅路

窓秋忌声潜めれば紙乾く

開花宣言鞭持つ少女ぞろぞろと

亀の甲羅で戦前が灼けている

いろいろな飛行機が来る夏の空

風鈴の誰も覚えていない歌

忘れないための消しゴム原爆忌

掌に包むほどのいち日秋の暮

呼ぶ力離れる力冬の鳥

母の掌(て)の幾度も咲いて毛糸玉

羊雲丘の初日を食みに来る

コンビニを怖じる少年春の雨

矢車のいつまで紡ぐ雲の糸

蝙蝠の指で男を摑んで泣く

五月雨に降る白胡椒黒胡椒

川も昼寝か自転車が渡る

掬われて人間になる秋の水

女声合唱金木犀の息を吐く

つくつくぼうし私に入りきらない

振り向いたように微笑む捨案山子

下萌というしたたかな行進曲

入学の窮屈そうなパイプ椅子

噴水を落ちるばかりと見てしまう

海を見る人はんざきを置き去りに

松毬の囲む墓標へ蟻急ぐ

神仏に除染はならず油照

檸檬は鳥類てのひらで眠る

霧は道づれ戦後に長い裾野がある

大晦日夜は序曲のように来る

春愁よ空に足場を組むごとく

卯の花腐し書庫に刃物の二三本

枯枝と思わせておく我一句

陽炎の骨あるように立ちにけり

執念のような葉脈柏餅

ふかぶかと落暉末黒野は無中心

パン売りに来る驢馬がいて麦の秋

三角形何より強し大南風

垂直に自転車の立つ震災忌

毛糸編む有袋類のように母

凩のうしろ姿は海である

冬の夜へ紛れるためのプルトップ

寒雷の残像とめどなく暗し

持ち上げるための力学兜虫

雷兆す体よ僕に付いてこい