平成9年度上半期 第49回受賞者 鳴戸奈菜(なると・なな)

1943年生まれ。
1976年永田耕衣主宰「琴座」に入会。翌々年、同人となる。
1984年「六人の会」賞受賞。
1992年「豈」同人参加。
句集に『イヴ』、『天然』、『月の花』、評論集に『言葉に恋して―現代俳句を読む行為』、編著書に『(鳴戸)馨舟・四風句集』、『田荷軒狼箴集』、共著に『現代俳句協パノラマ』、『現代俳句集成』等がある。
国際俳句交流協会会員。


第49回現代俳句協会賞受賞作  鳴戸奈菜

薄氷やふたりで遠くゆくあそび
椿の夜あたまが邪魔でならぬかな
カットグラス今うぐいすの鳴くところ
蝶々に昼間の話聴かれたり
人在ればすこうし寒し蜆汁
岸であることに疲れて彼岸過ぎ
知らぬ子につきまとわるる夕桜
晩春の饅頭がふとはにかめる
不覚にも美女と呼ばれし亀鳴きぬ
肉体やとりとめもなく青葉して
そよそよと言葉とことば関係す
牡丹の一部始終を見てあくび
青大将殺してだるき日の丸や
心ゆくまで老柳と空の話
いま合掌すれば黄金のかたつむり
手拭を嚙めどあやめの濃く咲きぬ
亡き父と鳰の浮巣を尋ねたり
空蟬の砕き難さを昼の寺院
日の盛り足が歩いて行くどこへ
真珠ほど悩む七月真乙女は
夏暁我を亡ぼす夢に覚む
白桃の紅らむ頃を夜汽車かな
青海波悪霊すでに目を覚まし
晩年の思い始めは蠅叩
極楽に行ったことなど合歓の花
白雲や家の柱をのぼる虫
昼顔と母を忘れていたりけり
死者が出て川の匂いの冷索麺
縁の下しずかに茂る鉈に鎌
汝思うゆえに我ありホトトギス
ゆく夏の腰の辺りに塗薬
野分なら悲しみすこし放ちけり
振り返るたび増えており曼珠沙華
さびしさに蛇や蜻蛉を生んでみる
階段を秋の途中と思うべし
さざなみのからだにおよび沼九月
老松や雲やふたりの男の香
襖絵の秋の七草どっと揺れ
菊花展見てきて紐をもてあそぶ
銀漢の奥のさみしき人通り
月光に身をまかせつつ舟の出る
埼玉にあたま直しに秋の風
花野中ついに我が家が見つからぬ
満月や地下千丈の瀧の音
時雨ふと紺屋の紺を濡らし去る
百年後目覚めて石や寒茜
月の川帯は氷りて長持に
空の箱たたむと見ゆる冬の橋
犬という命と並び日向ぼこ
寒桜片目で此の世に親しみぬ

※略歴は受賞時点のものです。