2010年度 第65回受賞者 前川 弘明(まえかわ・ひろあき)

・昭和10年長崎市生まれ。長崎在住。
・昭和37年、「海程」創刊同人。
・昭和42年、現代俳句協会会員。
・昭和60年、「第17回九州俳句賞」受賞。
・平成 3年、「第27回海程賞」受賞。
・平成15年、「拓」創刊、代表。
・平成20年、西九州現代俳句協会会長。
句集に、『草の上の午餐』、『柵の中の風船』、『樹の下の時間』

第65回現代俳句協会賞受賞作  前川弘明

  猪の眼の玲瓏なれば撃たれけり
  霧を行く角もたずともかなしまず
  オーボエを愛せり霧の河口にて
  鵙日和まっすぐ古書店まで歩く
  薄氷を壊して今日の来たりけり
  春あけぼの金色の灯の電車くる
  船笛やすずなすずしろ朝の家
  水平線のように朝寝をしておりぬ
  春立ちぬ逆立ちでもしてみるか
  月射して全段の雛さびしけれ
  花の雨ガス管に家つながれて
  桜狩いつか死ぬ人ばかりくる
  鳥帰る僧侶は自転車に乗って
  花林檎ひと日の暮れの頬杖に
  図書館に春雨の傘立てておく
  うっとりと遮断機こえるしゃぼん玉
  百千鳥ラジオ体操きよらかに
  男香る夏のはじめの松林
  不思議な木に近づいてゆくサングラス
  泉辺にじいんじいんと哲学者
  夏の馬川渉りくる鈴買いに
  飛込みのながき一瞬雲の峰
  金魚愛す白鳥となるバレリーナ
  サッカー部向日葵のなか帰りけり
  にんげんは尾をうしないて麦の秋
  麦の秋はればれ燃えるもの燃やす
  母上を殺めましたと洗い髪
  ポストまでゆく香水とすれちがい
  八月の水ぶっかける被爆坂
  恐竜に見惚れ少年の夏すぎゆく
  地下鉄に人は吸われて夏の月
  おしろい花踊り子一礼して通る
  黄金田の方へ曲がりし鼓笛隊
  稲妻に横たわりたる花鋏
  桃の実の暗がりの掌に熱かりき
  曼珠沙華にも触れてエプロン乾くなり
  釣瓶落し地球が落ちるのではない
  虫すだく老人が寝にゆくあたり
  大根を並べさみしいから叩く
  錦秋が口癖のひと老いやすし
  黄落や犬に曳かれて人あゆむ
  大寒の銀行を出て笑いけり
  霧の夜の劇団員の赤き口
  鳥獣の檻を霰の鳴らすなり
  帰る家ありて帰りぬ秋の暮
  草原の火事音楽が燃えている
  月光の虎をおもえば兄老いぬ
  ファックスよりきし白鳥を灯にかざす
  家族あり紅点として冬の薔薇
  冬日美し芽吹きくるもの息つめて

※句は現代俳句データベースに収録されています。
※受賞者略歴は受賞時点のものです。