昭和50年度(1975)第22回現代俳句協会賞 中村苑子(なかむら・そのこ

大正2年3月25日~平成13年1月5日

第22回現代俳句協会賞受賞句  中村苑子

 昭和49年8月~50年7月
蝦夷の裔(すえ)にて手枕に魚となりたる
一度死ぬふたたび桔梗となるために
死後の春先づ長箸がゆき交ひて
わが春も春の木馬も傷みたり
木の梢に父きて怺へ怺へし春
我れ在りて薄き夕日となりにけり
行く水の此処に始まる昔かな
流るるは春立つ水か枕灯か
春山の色に消えたる箒売り
鈍鳥や藁一本を抱き寝して
夕ざくら家並を走る物の怪よ
茜さしてわが死はじまる雲や秋
さしぐむや水かげろふに茜さし
鷹を放ちて鷹となりたる秋の人
鳥貌や遠方(をちかた)ふかき夕霞
わが朝の夢におくれて来し鳥か
野にあればどこかが痛し草焼く火
桃の実の真昼恥ぢらふ賑はひあり
桃の中別の昔が夕焼けて
父母未生以前青葱の夢のいろ
 昭和48年8月~49年7月
古き日にとり巻かれゐて墓となる
耐ふるものみな死に絶えて虫は在り
天と地の間(ま)にうすうすと口を開く
綾とりや小鳥殺しの春の雪
蔦もみぢ神が登つてゆきにけり
黄泉(よみ)に来てまだ髪梳くは寂しけれ
翁かの桃の遊びをせむと言ふ
(いかのぼり)なにもて死なむあがるべし
夕べ著莪見下ろされゐて露こぼす
天地水明あきあきしたる峠の木
 昭和47年8月~48年7月
人妻に春の喇叭が遠く鳴る
鯉死んで暮春の男渇きけり
昨日から木となり春の丘に立つ
永き日や霞に鳥を盗まれて
浜木綿や兄は流れて弟も
鈴が鳴るいつも日暮れの水の中
青芦原母はと見れば芦なりけり
母の忌の空蟬を母と思ひ初めし
体内に朝の木はあり憂かりけり
この冥き双ひ鳥かな山河かな
 昭和46年8月~47年7月
消えやすき少年少女影踏み合ふ
桃の世は粗朶のやさしき火なりけり
桃の夜へ洞穴(ほこら)を出でて水奔る
桃の木や童子童女が鈴なりに
門火焚くやあまたの父ら濡れて立つ
父の奥に雪降り子守唄遠し
父ら睦みて濡れ髪いろの小魚干す
死に遅れたる父は父どち魚遊び
船霊や風吹けば来る漢たち
いつよりか遠見の父が立つ水際

『現代俳句四賞集成』より