令和5年度 第41回兜太現代俳句新人賞 楠本 奇蹄(くすもと きてい)

1982年(昭和57年) 6月15日神奈川県にて出生
2017年(平成29年) 「暫定句会」、「豆の木」参加
2020年(令和2年)  第38回兜太現代俳句新人賞佳作、第11回北斗賞準賞
2021年(令和3年)  第11回百年俳句賞最優秀賞、第12回北斗賞準賞
2022年(令和4年)  第40回兜太現代俳句新人賞佳作
現在、「豆の木」、「子連れ句会」に参加。
句集に『おしやべり』(2022年刊)

「触るる眼」 楠本 奇蹄

山風の手に置きかはり郁子の花
蝶はその胸の汀へ還りたい
扉絵に翳 春の樹を生むための
迷ひ鳥ゐてきさらぎの絵は無題
空缶の不穏くおんと鐘霞む
硬貨散るプリズムのはんぶん焼野
釘沈むごとくに笑ふ永き日を
春眠は隣の雨を借りにゆく
頰どこか焦げをりたんぽぽ日和などと
暗誦にまなぶた深し芹の水
思惟の手にみづのゆきさき鳥曇
スプーンの覆ふ片眼の徂春かな
研げば刃の窮屈なりき薔薇いちりん
地の蟬にきのふの凪の名残かな
木の虚が麦酒に落ちるとき裸眼
古傷に土器のつめたさ青水草
滴と滴つなぎプラムの夜が明ける
瑠璃鶲とぎれとぎれに森の母語
ゆらゆらと百合の昏さは摑む手に
澱を脱いで火蛾は黒い星になつた
蛇ほそる古きナイフに雨の痕
血は腿をうらうら尽きぬ大夕焼
汗もなくアフマドは四歳だつた
ハードリカー西日が地図を掻き毟る
ドアに手を触れなば糸蜻蛉の湿り
竪琴の終はりは草の香に瞑る
ひぐらしのnerveをあふれ苦い飴
大花野こはれた菓子を伴連れに
ゆふさりのパントマイムを蟷螂と
ひらかれる膚が野菊に委ねらる
きりぎりす紙いちまいを灯しつつ
豺獣を祭る吸殻やはらかし
虫しぐれどこかに落ちてゐる歯痛
無花果裂く眉根よ雲を容れやすき
シリアルの奥歯に昏く冬隣
はつふゆを汽笛になれぬぬひぐるみ
ゼラチンの夢みて仔犬時雨かな
段ボールの指痕が小春の形見
鼠死して枯葉は晴れた夜を走る
鷹の弧をあをく躰のさめるまで
マジシャンの爪編むごとく冬景色
幻灯は竜頭に鈍く雪もよひ
公報のうすくらがりに雪虫来
弔ひの手で綾取りの橋渡る
雨と鬱ゆつくり拭ひ白鳥は
誰かを踏むうつつを射抜き冬の川
凍蝶は灰の遊園地に生まれ
雪触るる眼のあり誰の孤燭ならむ
忘却の隙間に鶴の来てひらく
こゑにあつて玻璃にないもの冴返る

※略歴は受賞時点のものです。