2005年度 第60回受賞者 八田 木枯(はった・こがらし)

本名 八田 光(はった ひかる)
大正14年、三重県出身。東京練馬区在住。

俳歴 昭和16年、同郷の長谷川素逝に師事。昭和20年俳誌「ウキグサ」を主宰。

昭和22年、山口誓子の門を敲き、「天狼」に投句。
昭和32年より20年間俳句活動を休止。
昭和52年、うさみとしおと二人誌「晩紅」を創刊。
昭和62年、「雷魚」創刊同人。句集に「汗馬楽鈔」「於母影帖」他三冊。
現代俳句協会会員。 

第60回現代俳句協会賞受賞作  八田 木枯

ふるさとの紙鳶は糸より暮にけり
箱に入るくぐつの髪は溢れけり
手毬つく皃のない子がひとりゐて
菘蘿蔔寂しさことの他ならず
鰆ごち吹きくづれたるきのふかな
うすらひや空がもみあふ空のなか
しづかさをかこめる空や浮き氷
痂をこそぐる雁の別れかな
春なれや生きて忌日にかこまるる
あめつちのいづれともなし浮き氷
春やむかし騙されてゐしサーカスよ
永き日の土はあかるきまゝに暮れ
鞦韆をゆらして老を鞣しけり
櫻見にひるから走る夜汽車かな
うぐひすのこゑが障子にたまるかな
日氷さや死ぬまでは死をもちつづけ
太虚より落ちて来しなり蜥蜴の尾
ぼうたんの面テを両手にて擡ぐ
更衣すめらみくには水に浮き
あやめ咲く箱階段を突き上げて
うらがなしオキシドールと花あやめ
井戸のぞくときに顔あり暮の春
やはらかに捕虫網ごと攫はれたし
白桃や死よりも死後がおそろしき
おほぞらををひろくこなして盆の月
原爆忌折鶴に足なかりけり
盆の月くすりのごとく雫せり
羅や夕日といふはないがしろ
盆唄はゆるく節目のささくれし
地にひそむごとくに盆の供物
切子燈籠土のなかまで影をさす
天井のうへに天あり水中り
わが骸しばらく瀧に吊るしおく
白洲にて昼寝の母をゆりおこす
しがらみと言へば戀なり冷し葛
天の川熟水(ゆざまし)は死のごとく在り
病雁を庇ふ襖を引きにけり
人なりに人は老いけり花めうが
正体の無くなるまでに桃冷えし
老人を巻きこんでゆくけいとう花
生きてゐるうちは老人雁わたし
障子しめて物にかかはること了る
綴れ刺せ母を金輪際庇ふ
笄をひるの銀河に匿しおく
憂国忌列を亂してゐるは誰ぞ
うすらひのごとく空あり菊の塵
太陽は古く新らし敏雄の日
むらさきにちかきくれなゐ鶴の疵
かそけさが障子の棧に流れをり
冬雁や夕日あびれば誰も老い

※受賞者略歴は掲載時点のものです。