平成4年度上半期 第39回現代俳句協会賞 寺井谷子(てらい・たにこ)

昭和19年1月福岡県生まれ。横山白虹・房子の四女として、十歳より作句を始める。明治大学文学部演劇学専攻卒業。卒業と同時に「自鳴鐘」編集に携わり、現在「自鳴鐘」編集長、「花曜」同人。
句集『笑窪』、昭和俳句文学アルバム『横山白虹の世界』評伝担当等。

※略歴は受賞時点のものです。

第39回現代俳句協会賞受賞作  寺井谷子

錦木の仙骨となり父を愛す
高階に猫飼う科(とが)や雪催
冬三日月更に呑むため別れゆく
寒灯より紐下りいる人の世や
肉食家族に黄砂は夜を流れおり
産むというおそろしきこと青山河
(さ)らば反逆夜の噴煙を銀河へ継ぎ
落合いて家族の貌となる月夜
男痩せ冬へ傾く香草園
三階より落ちし靴下冬ざるる
水中の陽を囲みたる鴨の陣
虹鱒を二匹食べたる花粉症
杉山のはぐれ桜の情死かな
観覧車春の乾きにまわりゆく
誘われて風の残花の中にいる
人体の自在に曲がる螢の夜
曼陀羅の汚点もまぼろし夏衣
現世の猫に懐(なつ)かれ曼陀羅寺
花南天裏木戸より訪う母の家
百合の香に近く未明を愛されし
ルーム・キー提げて近づく花氷
白さるすべり溺愛の母となりすます
誰も坐らぬ食卓見えて秋簾
稔り田に雨や濡れ身の青年佇つ
猫太る夢に山河も冬枯れて
落椿あの娘走れば鈴が鳴る
身を締むる紐は緋の色雪催
夫ならぬ男にしずる春の雪
雪中の紅梅を見て相別る
らんまんと医院の前のさくらの木
傘さしてこの世をへだつ花菖蒲
組織論のどこか饐えいてゆきのした
喪服着て七夕竹の裏通る
泣き寄りて肘のふれ合う夏喪服
善人と歩く日向の枇杷の花
次男よく背が伸びており楪や
海近く植田濃くなる出雲かな
出雲路の一夜ざんざと梅雨に入る
大国の出雲なりせば男梅雨
人の世の峠いくつか花樗
忍冬水のようなる昼の酒
抱かれるごと高階に虹を見る
あかときの桔梗とはなり死にゆけり
金魚の水新しくして眠られず
恍惚と盆会の鍋を煮えたたす
ふわふわと伸ぶ水無月の後髪
死化粧して水色桔梗なりぬ
葬了えて生者渇けり白桔梗
地球の芯に水流るるや秋の蟬
眠る山より松一本を抱え来る