火の聲

百瀬一兎

甲冑の口に余寒の闇深く

飛び立つて蝶もう戻らないつもり

絆創膏剥がして春に晒す傷

恋猫わわし絆されて嬲られて

がおんがおんと廃観覧車揺れ霾

てふてふや空は口開け待つてゐる

桜蘂降る廃鶏の水の皿

陽炎のぢらぢら栄花物語

星いくつ沈まば光る泉かな

ひるがへる闘魚や火星近づきぬ

竜頭巻く数秒は過去グラジオラス

蛍籠ひからないから骸です

人は口あけて息する川開

昆虫採集走つても走つても此岸

箱庭や獣いくつか棲まはせて

溽暑鬱々ドクターフィッシュたかる

凌霄やうしろのしやうめんは夜か

相対性理論蚊遣火消えかかる

嬌声を蠅虎に聞かれしか

粉々のグラス阿蘭陀獅子頭

緋ダリアや天使がなにか言いたさう

秋の雷肉づきの良きお人形

孵卵器の余熱八月十五日

とは言へ神には蓑虫を生む童心

林檎まつぷたつ蜜のロールシャッハ

秋暑し竜のにほひの情事せり

頭の隅を針金虫に明け渡す

不知火や海がほのほの鉄臭い

流星のひとすぢ静かなる絶叫

この猿の腰掛から街が腐る

蟷螂や神の寵愛受けて斧

イカロスの焼かれ今年の鳳仙花

秋思喰つてこの色ナポレオンフィッシュ

豺の祭やドールハウス閉づ

音叉ひびく討入の日の顳顬に

からつぽの牛舎あをあを返り花

霜柱この野を臍として故郷

むささびや月の匂ひの古墳群

雪女めらんこりいの雲厚し

躓きて兎をおどかしてしまつた

はつきり見える視力検査の環が寒い

雪玉を当てそこねたり雪にもどる

赦されず冬眠の要る身となりぬ

悴むや駅で聖書を配らるる

脱ぎ捨ててジャケットは展翅のかたち

吹雪いても消せない疵があるといふ

星の死を見上ぐることも無き狼

蛤は知つてるできたての月を

白鍵のいろに乾いてしまつた蝶

さくらさくら祖母を燃やした火はどんな