昭和59年度(1984)第31回現代俳句協会賞 澁谷 道(しぶや・みち)
大正15年11月1日京都市に生る。
大阪女子高等医専在学中、平畑静塔に精神神経科学を学び同時に俳句をも師事。
「天狼」創刊と友に遠星集に投句、のち西東三鬼指導の「雷光」に参加、「雷光」は「梟」「夜盗派」「縄」と推移した。
昭和33年小児科医院開業のため約6年間句作を中断。39年1月、「夜盗派」復刊に際し同人に復帰。
52年1月「海程」に参加。57年第18回海程賞を受く。
又連句を橋閒石に師事して53年1月、「白燕連句会」に参加、現在に至る。
句集に『嬰』『藤』『桜騒』『戦後俳句作家シリーズ渋谷道句集』『縷紅集』あり。連句懇話会会員。
※略歴は受賞時点のものです。
第31回現代俳句協会賞受賞作 澁谷 道
凌霄咲く絆はなくて深き空
山ゆるみ川あそぶなり郡上節
疲れ鵜に水面(みなも)を均らす夜空かな
踊着のままのねむりに川の音
薄着して闇の雲母(きらら)に触れてゆく
つゆくさと瞬きあえばちいさき身
浪がしらのようにバスくる秋砂丘
鳥わたる砂丘に痩せて在るにもつ
えんとつに雌雄のありし花野末
うしろ手に花野夕山旅を閉じ
また独り加賀は白萩より眩し
婚礼や湖岸を通るだけの月
豹柄を着ておとなしく吉野にいる
紙漉きのひととゆびきりきれるまで
母の忌はかならず晴れる蕪(かぶ)畠
石蕗咲いていそぐとみえぬ帆のいそぎ
たゆむとき厚着の麗子壁にいる
見送りの冬の陽深爪のような
ひき返すべき風景や西行忌
逢わざりし二月を蔵うたとうがみ
いつまでも留守の鳥の巣あわき比良
遺失物課しずかな火種まぎれおり
野に消える雉の繊細さに勝てぬ
頂上から太古柑橘したたり来
塔を攀じ見知らぬ鷹を抱くごとし
空蟬に時限の透ける朝茜
枇杷園のそこは化石をうながす陽
待つのみの夏の夜風にまじる砂
初蟬のふと銀箔を皺にせる
萱原にまぶしき回路ある往診
みえていて来ぬ夏鴨の青あたま
溺れなば蓴の下に澄む御殿
凌霄濃し孤独にさとき鳥がいて
蒼ざめしは事務所の夏のゆでたまご
ちる木槿ナイフ・フォークに軽いむらさき
薬玉の緒のしずもりに冬深傷
沈丁や一と夜のねむり層なせる
漂う樹春の塒を懸けられて
青吉野ふしぎの鬚ののびる坂
嘴熱きおうむを肩に心太
出羽薄墨めざめて人は爪を嚙む
合歓ごしに鳥海うかぶいつかゆく
ほのぐらき電流曳けり大揚羽
夏桔梗口すぼめしは針を吹く
鷲飼うとおもいきめつつ夏のあみもの
抱くごとく窓掛しぼる白木槿
坂それて六波羅蜜寺木の実降る
柚子しぼるちいさな鳥を啼かすように
鴨よりも暗くたゆたうよ撞球(たまつき)
触れがたしげんげ田に寝る四童女