平成元年度 第36回現代俳句協会賞 沼尻巳津子(ぬまじり・みつこ)
本名・沼尻美津子
昭和2年東京生まれ。47年作句開始と同時に「菜殻火」に投句。51年「草苑」入会。同じ年、高柳重信に師事、俳句表現を学ぶ。「俳句評論」終刊まで同人。「草苑」同人。
著書 句集『華彌撒』『背守紋』 他に共著。現代俳句協会、女性俳句懇話会会員。
※略歴は受賞時点のものです。
第36回現代俳句協会賞受賞作 沼尻巳津子
胸中に胸突坂や初御空
春の雁手控に紅にじみたる
少年と蒲公英の数限りなし
菜の花の囲める鬼の家孤つ
平らかに高き柩や鳥雲に
いくたびも山を直視の遍路行
一斉にもの食む春の夕まぐれ
春の夜の胸鰭で泣く魚なりけり
いまも遺る奉公袋麦の秋
金剛の青葱抜かめ朝まだき
五月五日全き富士と逢うて去る
高階に素足を拭ふ夏は来ぬ
扉を開けて閉めて六月たかぐもり
乳沁みの上布の織人不知かな
汝は伽藍夕べときめく蝙蝠よ
長巻の繃帯ゆるみ梅雨の月
唇の二枚を合せ吹く空蟬
白南風や沖に真昼の地震おこる
高空に鷹が瞠れる今朝の秋
虚空より遊糸到れり漆の木
天水や桔梗不意に立ちあがる
寒蟬の胸乳を締むる長啼きや
黒衣着てゆく月明の切通し
味方となせる朱欒一箇を枕上ミ
水鳥の嘴のさきざき近つ淡海
海坂を斜めのぼりや春祭
水を煮てこころ濁れり建国祭
囀の片岡に頭休めゐる
陽炎に母の襤褸を吊る日曜
鍵束の鍵みな合はぬ春の暮
泣きじゃくる魂ひとつ春夕べ
花時の舌の根におく熱さまし
根の国へ手足を伸ばす朧かな
この夏や眷属はみな飛蚊症
桑酒を醸し阪東育ちかな
ふるさとや顔のまともを蟬がうつ
初秋の逆光に入る鳥の数
句合せや五位啼きわたる屋根の上
いつよりの身の斜めぐせ芒原
兄と二人蜩山に空腹なり
天の川余白を多く書く手紙
わが骨の髄はくれなゐ夕月夜
月光や葦の繁りの中も葦
長き夜のやはらかすぎる枕かな
天使祭棒パンと棒胸に抱き
榠樝一顆置けば傾ぎて個室なり
秋を聴く肺あたたかき姉妹
敗荷の地中管弦楽おこらむ
西方に富士の山あり火を焚けり
海ゆかば海に橋なし昭和果つ