平成2年度 第37回現代俳句協会賞 国武十六夜(くにたけ・いざよい)1915-2012
大正4年、鹿児島市に生まる。幼年期より応召まで大阪市に在住。昭和18年南方戦線にて藤後左右に師事、昭和26年、藤後左右を代表として「天街」創刊。現在に至る。昭和45年「天籟通信」「海程」に参加。昭和57年、西日本地区現代俳句協会事務局長、その後現代俳句協会幹事。
著書に句集『絵馬さくら』『薩摩切子』『立葵』『私説・藤後左右』
「天街」「天籟通信」「海程」同人。
※略歴は受賞時点のものです。
第37回現代俳句協会賞受賞作 国武十六夜
鑑真の海押しひらき白梅は
早梅や海売るための拇印捺す
鶴帰る海へこだまを返しつつ
波音は天に帰らぬ桃の花
山ざくらふかい空から人招く
春の猫薄刃のような水を飲む
野に死ぬと思うているのに春畳
西行忌壁をはみだす藁の月
紫木蓮白い柩がふと過ぎる
触れてみる駱駝の瘤に五月来る
花季(どき)の壁に人体解剖図
死の際に青空が押す花こぶし
さんさんと蝶のこわれる石地蔵
尺蠖の立つていぶかる空の紺
水底の蝌蚪それぞれに国ざかい
この海に死ねば一生透きとおる
空瓶と遠雷ひとつ海に浮く
鳥たちに素顔を見せぬ鳳仙花
凌霄の日花(ひばな)の果ての火のたまり
父の日を信濃へ越える切通し
慈悲心鳥こだまの奥は濡れており
蜜柑のはな波にマリアの鐘ひびき
白墨の粉で虹書く花鳥忌
木にのぼり遠国へゆくかたつむり
船霊の湾に赤絵の皿を積み
なわとびの縄の中なる青山河
蟬の穴木の沈黙の裏側に
えごの花天の秤は傾けり
からだ中水の音する蛇の殻
ランバダを踊り原爆など知らぬ
水を欲る被爆の手あり硝子器に
声を出す夾竹桃も被爆の木
汚染魚を包んで濡れる夕刊紙
乱心の蛍もありて水の罠
むらさきの花に動悸のありにけり
青を着て人の没後を焼茄子
水音のわが身をぬける蛍かな
ひまわりの日没といる無蓋貨車
さざ波の化石にとまる黒揚羽
かたつむり空描き足して昏れにけり
立葵この垂直のながし眼よ
鶏頭の緋はいくつもの扉をあけて
夕空に祖のあつまる木守柿
山国の鬼に声出す唐辛子
みんみんの峠を越えし風呂敷よ
磨崖仏霧の額を集め合う
七夕や王様クレヨン散らかりて
野仏のうしろざぶざぶ芹洗う
清しこの静かなる夜を被爆して
てのひらで風あたためる花八つ手