平成8年度上半期 第47回受賞者 中村和弘(なかむら・かずひろ)

昭和17年1月15日生れ。54歳。静岡県周智郡森町出身。上京後、映画の脚本、広告のコピーを学ぶ。
20代の終わりごろから田川飛旅子に学び、また数年間「寒雷」句会にて加藤楸邨の薫陶を受ける。田川飛旅子主宰誌「陸」創刊より今日まで22年余り編集を担当。
※略歴は受賞時点のものです。


第47回現代俳句協会賞受賞作  中村和弘

原発の無臭無音や敷松葉
糸のごとく水洩れている魂まつり
ぼうたんの忿怒の相を描きだす
馬の尻の綺麗に割れて菫咲く
電球の白熱しおり花の中
安定せざる栄螺の殻を座右にす
原爆地影絵のごとく梅を干す
自転車の利発なる音冬がくる
静電気把手に爆ぜて婚約す
大寒の古傷眉の中とおる
神経質な天秤といる花の中
緋鯉に餌祭のごとく盛りあがる
日溜りは巨きなレンズ笹鳴す
空砲のごとき声だし朱欒売る
生コンの拗ねて出てくる花の中
末枯れの癇脈となり畝のこる
中空に空室多し桜咲く
凧の骨ささりし春の渚かな
折目より砂粒こぼれ夏逝けり
喉仏のあたりが痒し麦の秋
霊柩車の中よく滑り冬に入る
貝割のきれいに曇る袋選る
バックミラーのまつ黒に見え油照り
生ゴミの煩悩詰めて梅雨に入る
風鈴のきりきり舞いの闇があり
雷の下霊柩車の金鮮しく
大安のこの赤剝けの牡丹の芽
大寒のひろがりいたる臼(うす)の創
枯蔦の爪たてている獄の壁
休む船腹水陽炎の巣となりぬ
鎧戸は飢饉の音す雛まつり
黄落へ針の震える体重計
銃創の皺の抽象黄落す
縞馬の縞にまぎれて睡魔くる
祈祷師の黒きマニキュア夏逝けり
干梅の怨の字に似る一つ見ゆ
金屏を嘴のごときが映り飛ぶ
脂ぎる羽毛をのせて水澄めり
神棚の暗いところの残暑かな
青谷のどこかが笑う刃を研げば
霊面が街に棲みつき黄落す
痙攣しエンジンとまる紅葉谷
捨てし河豚小石を嚙んでいたるなり
熱湯の還流見ゆる冬ごもり
花冷の飯粒燥き足裏刺す
奔放な枝を虜に水澄めり
灰燼の芯より翔ちてゆりかもめ
菜の花に墜ちて鷗のさわぐなり
風にのり羽毛のあそぶ冬の庭
栗実る鴉の骸吊られいて