平成8年度下半期 第48回受賞者 津根元 潮(つねもと・うしお)

本名 常本有志男。大正14年1月7日生まれ。大阪市出身。
弓削鴻、加藤紫舟の指導を経て、日野草城の「青玄」創刊より参加。草城逝去後伊丹三樹彦に師事。「青玄」無鑑査同人。「橋」同人。著書に句集『見色』、『時中』、『春霞抄』、『両忘』、『有余』、評論集『現代俳句への志向』、共著に『現代俳句十葉考』写俳集『京の私季』、『風餐章』他、編著『伊丹三樹彦研究』他。青玄評論賞。特別賞。詩誌「柵」同人。


第48回現代俳句協会賞受賞作  津根元潮

初空のひとりに戻る手を鳴らし
夢に出て葱一本の重さあり
既視症の扉を押せば春になる
やわらかくあるく鳥いて花の下
さくら咲くことを忘れて日が沈む
たましいを下天の花とおもいけり
花ひらくこと知っていて雨匂う
彼岸会の車簞笥の環鳴らす
彼岸会の男がつかむ膝がしら
木のみどり草のみどりに罠かける
御苑青むバブルの塔の尖見えて
鬼蓮の太き根で水鎮めたる
急停車して炎天の麦畑
海産物問屋あるとき日射病
三人が泉を濁し四人去る
刺草(いらくさ)に蟻走り入り走り出る
永久凍土という墓あり敗戦忌
見えている木だから炎天きしませる
更衣この世の風をあつめつつ
小鳥くる空に小さな穴あけて
コスモスは風の入口かもしれぬ
秋すずしきことの一つを死と言えり
人のため道あけておく野のしぐれ
冬雲を忘れ残りのいろと見る
はだれ野のわたし不発弾かも知れず
人死んで打ち捨てられし白梅酢
発心のときは盲いて遅桜
だんだんと本気になって花の散る
酔うまでの花の明るさとは違う
羽化の季節わたしはみどりに穴をあけ
入口のない山があり夏落葉
私より私を引いて草茂る
前の世のその前の世は沙羅双樹
どちらかといえばくちなしに恋する
雛あられしばらく致死量を超えず
生きてきて斜めにあるく南風の町
佛問い木槿の垣を二度曲がる
細杷(こまざらい)するたびほそる屋敷神
つかみとる秋刀魚の腸(はら)のやわらかき
片足が紅葉を踏んで水わたる
冬木背にしてあたたかき言葉待つ
木枯に音たててくる夜と昼
戦争の片側にある夜の長さ
送電塔の真下まできて草枯れる
冬木立夢中問答解けがたし
極月のどこにでもある猫の飯
このとしは雑木紅葉を見て了る
心平死んだ冬は裸の太い幹
黄落の舗道を切って柩車入れ
小春日にわらい納めの翁面

※略歴は受賞時点のものです。