平成11年度上半期 第53回受賞者 熊谷 愛子(くまがい・あいこ)
1923年生まれ。
昭和19年、熊谷哲郎(静石)と結婚、夫静石にすすめられ俳句を志す。
昭和27年、超結社同人誌「海廊」(野呂春眠代表・熊谷静石発行人)に参加、編集等手伝う。
昭和30年、「寒雷」(主宰・加藤楸邨)に参加。
昭和40年、同人。
昭和44年、「頂点」同人参加。
昭和62年4月主宰誌「逢」を創刊。
句集『火天(ひあま)』、『水炎(みずほむら)』、『旋風(つむじ)』
平成27年6月9日逝去。
第53回現代俳句協会賞受賞作 熊谷愛子
陸の乾きはからだのかはき初硯
体内に螺鈿のうねり笙吹きぞめ
大地より湧くゆふぐれよ手鞠唄
寒林の奥へおくへと小市民
沈丁の香を過ぎしより魔剣たり
角(つの)折れし鬼らを抱き春の山
絞められて落ちゆくあはひ花あけび
かげろふとなるに胴体重すぎる
この橋がおぼろ夜の端手風琴
これ以上ふはふはできぬ春の土
長藤に操らるるはわがどくろ
夕藤は笙・ひちりきを誘ひける
サルトルへ豹へ藤棚を出てゆけり
生き死にの謎の渦より青き薔薇
根の国の死者とし真夜の虎鶫
乗込鮒はやすは鬱の去りたる眼
弓を引き川めく少女初夏ぞ
ひとりひとり土に浸む水メーデー祭
枕抱きてどうど倒れ寝茶摘どき
睡蓮わたるイエスとユダの白蹠
墓穴も片陰の一(い)つ骨参らす
青鷺を撮りつづけ汝も孤独なり
はにかみつつ叛きし少女甘茶の花
天道虫少女の運命線を食ぶ
青嶺在り一真剣の研ぎあがる
病体の国へしづかに水打てよ
夏帽を目深に一樹たらんとす
火の玉の太陽楸邨忌はあした
山影に頭つつこみ豇豆もぐ
毛虫這ふいやだいやだとすねながら
百年の土間を受け止め唐辛子
醉芙蓉生死(しょうじ)に遭ひし日の暮れを
G線上のアリア他界へ霧詰まる
どぶろくに車座悪役・斬られ役
故人らの体温のなか棚経は
婆の手提椎の実榧の実出るわ出るわ
柿の村龍生まれたるどよめきぞ
レンジ磨く月の愛撫を断ちきりて
稻妻へ影武者が消えクロサワ消え
太刀魚の銀のなげきに月出でず
枯るるなか薄刃くはへて歩きつぐ
ハツフユといふくちびるの乙女さぶ
鵙の贄ここより字(あざ)は黄泉となり
冬瓜の「あだにやさしく炊きてたも」
柩から脱け出で小春の水かげろふ
身のうちの怒濤を声に鮪糶る
考(ちち)の摺る虎マッチから師走の火
すは出陣煮ふくれてゐるおでん鍋
はげしくなる街の痙攣ポインセチア
十二月八日黒黴が湾埋めつくす
※略歴は受賞時点のものです。