昭和62年度 第5回現代俳句協会新人賞 下山光子(しもやま・みつこ)

昭和3年11月5日東京品川に生まれる。のち横浜に移る。
昭和35年ころから俳句を知り「鶴」を経て、44年麦入会。
昭和46年「麦」同人。
昭和48年「麦」賞受賞。
昭和53年現代俳句協会会員。
昭和55年句集『花筏』を出す。
昭和60年「海程」同人。

「水の秋」 下山光子

びしょ濡れの閂をぬく八月六日
蟬の木となり国じゅうの微動かな
火を埋めて夏野を少しずらしたり
夏帽子昨日の白さ仕舞いおく
蟇よりもゆっくり父の靴
いっせいに祭の顔が口を空く
素戔嗚の面あとずさる夏の闇
猫白く祭のなかを踏んで行く
大声のとどいていたる裸足かな
炎日の裏口空っぽに並ぶ
夕凪に木綿豆腐を重くおく
夏館皿百枚の安堵かな
鱗ごと魚煮ている晩夏あり
蒟蒻を貰いときどき稲光り
葡萄熟れ火種のような婆がいる
晩夏なり声のでている藁の家
川流れ豊年の水火の上に
二百十日南へむけて管楽器
風なかに男郎花たつ真面目なり
秋没日油断してやわらかくなりぬ
水またぎ一面の秋夕焼や
白木槿落日ひびきわたるかな
母がきている白痣の夕木槿
霧うごくとき人間の白檻褸
まぼろしの翅白きかな鉦叩
何人もいて独りなり爪の馬
それからの満月少し水匂う
夜長かな果てしなく立つ木の柱
死者のこと話して九月水の味
じゅうぶんに笑顔を落す水の秋

※略歴は受賞当時のもの。
平成11年までは「現代俳句協会新人賞」。応募資格に年齢制限がない。