昭和48年度(1973)第20回現代俳句協会賞 穴井 太(あない・ふとし

第20回現代俳句協会賞受賞句  穴井 太

「わが海市」
 昭和48年
霧にまぎれ重工業の突き出す胃
蝙蝠の日ぐれ泡だつ電話ボックス
赤い口ひらひら地下の語り継ぎ
口中の傷絶えずして蛇の裔
うすいくちびる仲間はずれの鳥がいて
約束の地へしろき蛇うねり過ぐ
還らざる者らあつまり夕空焚く
埋立てに白いチョゴリの風が吹く
少年へ遠い月泛く埋立地
葛の葉の茂みに火薬工場の灯
野鼠ら晴れた小山を競(せ)つている
鶏頭の火をつけている紫蘇畑
神輿が通る車で通る椎の木老い
匂う樹の木口つみあげ耳澄ます
風の木あり死者をかついで山越える
藁の村へ火を消しに行く終列車
歳末の路上ちらばるマッチの軸
ボタ山を越える電柱雪狐
弥撒のように苅田ひろがる雪狐
雪が降り地図にない道あらわれる
 昭和47年
羊歯しげる琺瑯質の女学院
躁鬱食堂きのこの類が水に泛き
羅に透く鰐皮の阿弥陀経
空にまつかなうろこが跳ねる金曜日
ゆうやけこやけだれもかからぬ草の罠
精神科の空を小鳥が歩きまわる
ゆきのした随所に咲けり懺悔月
清冽に杉たちならぶ血のながれ
あおあおと地へ腰据える山椒売り
くりからもんもん冬の金魚は逆立ちに
 昭和46年
けぶる母郷いくたび芹の匂いたつ
水匂う夜明け共有林に入る
製材の水清冽にコンミューン
めくら雪絵本にしげりあう野菜
雪を掘る空にパセリの森ひろがり
すべて女の死者とおり過ぐわが海市
ねむしねむし近づく声の水渡る
遅刻者へはるかなる浮標(ブイ)雨にけぶる
胸やけのお盆すたすた人過ぎゆく
しんしんと青い鎌ふるなまけ者
 昭和45年
父死んでやがて母死ぬ麦こがし
十二月あのひと刺しに汽車で行く
ふるさとの雪に埋もれて口を焼く
めしが出て三日月の出る宴つゞく
純白の想像  影が肩たたく
枯山に鳥透き肉身こぼれゆく
雑木山雪とめどなく鳥鳴かす
膝まげて歩く陰暦へらへらと
羊歯のしずけさ海辺に生える化学工場
のぞきからくり泡だちやまぬ夜の廃液

『現代俳句四賞集成』より