平成5年度下半期 第42回現代俳句協会賞 久保純夫(くぼ・すみお)
1949年大阪府生まれ。
1971年「花曜」入会、のち同人。第8回「花曜賞」、第15回「六人の会賞」受賞。
現在、「花曜」編集長。現代俳句協会幹事。
著書に句集『瑠璃薔薇館』、『水渉記』、『聖樹』、『熊野集』。評論集『スワンの不安』等がある。
※略歴は受賞時点のものです。
第42回現代俳句協会賞受賞作 久保純夫
紅梅に出入りしている頭かな
太陽に薄氷の音重なりぬ
ものの芽に夜は囲まれ格納庫
笹鳴くと水飲んでいる密告者
父として桜の下に収まらず
牡丹に崩れ始めしこの世かな
地に近く青梅の夜を耐えており
流されるあめんぼうらの鬨の声
紫陽花の拳重たき蕩児かな
青芒うねるはじめを見ておりぬ
短夜を擁けば虚空の兆しけり
青紫蘇にきのうの紐が揺れており
点滴の夜に入りたる麦の秋
耳朶の傷見ゆるは哀し桜桃忌
毛深きは桃のうちなるひかりかな
立ち上がる前の河骨謐かなり
舌の根に深入りしまま蛇苺
鵜の真似をして濡れている少年よ
いつよりの深き淵なり蛇泳ぐ
滝壷を覗きてあとを怠けおり
水無月や空航く者と仏の燈
白昼や蟻塚として立ち続け
行々子いつも水漬きし屍かな
うたた寝の父には熱き柱かな
炎宙の鉄塊として影失う
若き鮎焼かれしあとの歯を見せて
金魚田のさまざまな影さかしまに
生き難し夜は身を卷く凌霄花
予言なし船の上なる旱星
ゆうぐれの石濡れており骨もまた
花火待つ水と流れしものたちと
冷まじや身のうちの鈴鳴り続け
暗闘のあとを急げり山の水
いもうとの乳房ふたつの秋の風
後朝の岐れし水を恃みけり
たましいを鎮めて昏し烏瓜
黒葡萄男のなかで熟れており
狼を容れて動かず櫨紅葉
殿に尾が生えている月明り
抱きたる胸のうちそと芒原
仙人掌の鉢を並べしテロリスト
男より光りはじめる大枯野
夜遊びの靴出し時雨かな
葱汁やゆうべかぞえし指の数
考えている水仙の高さかな
白湯呑んでしばらく骨となっており
淡海からいっぽんの木と時雨たり
濁世の真ん中にあり藪柑子
薬喰いつよりか身に闇及ぶ
夢のあと寒鯉に髭のこりけり