平成6年度下半期 第44回現代俳句協会賞 岸本マチ子(きしもと・まちこ)

昭和9年11月29日生まれ。
群馬県伊勢崎市出身。
昭和41年「形象」に入会「天籟通信」「海程」「頂点」同人。
句集『一角獣』『残波岬』『ジャックナイフ』『うりずん』
評伝『海の旅』ー篠原鳳作遠景ー。
※略歴は受賞時点のものです。

第44回現代俳句協会賞受賞作  岸本マチ子

茅の輪くぐる人体すこしゆるめにし
蒙古斑あおあおとある罌粟の花
いつか山霧姉は姉のままで老い
エイサーやみぞおちまでも怒濤して
秋夕焼くわえて抜き手切っている
稲妻に刺されし裸身透きとおる
思想などごしごし洗え天の川
昂るにあらずすっくと曼珠沙華
鶴となり背すじ一気に刺客めく
面罵するこおろぎもいて一人なり
精悍も憂国もなくねこじやらし
帽子買う十一月の耳をたて
喉仏ずりあげて鳴く大鴉
さざんかの寝ぐせを直す母である
歳晩の亀裂静かな屠殺場
いつも断崖おんおん裸身みがくなり
錆色をにじませ冬霧すれ違う
一人咳けば数人咳いて火葬おわる
竜巻をたたんで眠る星月夜
平手打ちかすかに雪の匂いして
海図めくる指先までも朧なり
菜の花や曲りきれずに針の山
つまずけば身近になりぬつくしんぼ
火宅より溢れんとしてこぶし咲く
ポポポポとタンポポ笑う兎跳び
うりずんのたてがみ青く青く梳く
春の歌うたえば解けゆくもののあり
侘助に降りやまぬものくれてやる
望郷の大あくびして桃色カバ
アリクイに覗かれている胸の蒼
ペンギンを見て来て川幅広くなる
花烏賊の自爆するときりりと鳴く
泥人形声たて笑う桃の花
鳥帰る背広一着置いたまま
茎立ちの胸の蛇口をきつくしめ
花衣無残なものまで脱いでしまう
闘牛やああ男くさい春霞
虹を見る狂いはじめの指をたて
たんぽぽの声を発する訣(わか)れあり
もずく食べ春夕焼を生みたくなる
汽笛鳴らし頭の中まで青嵐
ヒト科だってかっこうと鳴く眞昼
喉元を過ぎるは悲なり夜汽車なり
ゴリラにもど忘れはある梅雨晴間
夜鷹いてこの日人参ばかり買う
かぶと虫今日は私服で空を飛ぶ
蟬鳴いてどーんとせばまる死の歩幅
鬼百合も写ってしまう心電図
みんみんのみんみんこぼす被子植物
三光鳥抱き合う飢餓感やわらかし