平成7年度上半期 第45回現代俳句協会賞 宮坂静生(みやさか・しずお)

昭和12年(1937)11月4日長野県松本市生まれ。
「鷹」同人を経て、「岳(たけ)」主宰。鷹俳句賞、評論賞受賞。俳文学会評議員。
著書に句集『青胡桃』『樹下』『春の鹿』『花神俳句館宮坂静生』『火に椿』他。評論集『正岡子規と上原三川』『虚子以後』『虚子の小諸』『俳句第一歩』『俳句・原始感覚』。
※略歴は受賞時点のものです。

第45回現代俳句協会賞受賞作  宮坂静生

顔に水はじきて痛し斧始
外套の隠しざらざら狐見に
親鸞もきさらぎの田も無一物
さめてひとり赤子が雛囃子聴き
火に椿投じて杜国忌を修す
紅梅や華山幽居に糸車
春闌くと朱(あけ)立ちのぼる松の幹
蛇に石ぶつけおのれがぐしやぐしやに
氷室への径苅りありてひとつ族(まき)
蠅帳をなつかしがりて蠅とまる
鋸(のこ)の歯の手前こまかや初嵐
佛壇に電球(たま)の買ひ置き花慈姑
爐に野菊溢れしめ堀辰雄邸
かまきりの顎がはづれて泣きをりぬ
冬に入る牡丹の木にけものの毛
風音のごつごつしたる鳰
間八(かんぱち)の尾鰭に打たれ年新た
若潮の戸田(へた)の入江に風邪家族
さくらの夜不意に蛇口が水こぼす
達治忌や終の花火のみどりいろ
早苗束放られみどり頑是なし
北国はいまも流刑地閑古鳥
木楸の花荒行の生涯ぞ (悼楸邨先生)
雪渓の山もろともに細りけり
真夜中に麦茶が減りぬ誰もゐず
赤ん坊に大泉門や韮の花
この年の烏揚羽の墨淡し
花野径アイスクリーム工場まで
もみづるや日暮の昏さとも違ふ
一茶の裔(すえ)鰍突く簎(やす)研ぎゐたり
いま生れし仔牛湯拭きも小春凪
琴の音に耐ふる琴柱や十二月
熟柿食ひ子規大人のこころもち
ぞくぞくと雪が木につき諏訪神話
大寒や一痕もなき穂高嶽
春立つや醪(もろみ)に櫂の夢うつつ
からまつの枝剪りためて春の道
少年は兎飼ふべし春の月
楸邨の和魂(にぎたま)春の胡桃かな
隕石の旅のはるけしなめくぢら
黒鯉は自意識つよし夏至の家
郭公のなにも触れざる声透る
赤魚(あかうを)を焼きたる灰を篩(ふる)ひをり
三伏の葛西や鯉の縹色
滴りの金剛力に狂ひなし
白菜や大往生の日向婆
露の玉疾駆の鞭の多すぎし
蜾蠃追(すがれおひ)吹かれどほしの木の形
雪隠の神はまる貌柿の秋
秋耕の畝が入りくる家の中