平成9年度下半期 第50回受賞者 大坪重治(おおつぼ・しげはる)

大正14年(1925)9月27日東京都深川生まれ。
昭和24年秋「麦」(主宰・中島斌雄)に入会。
昭和27年同人。
昭和29年「麦」作家賞受賞。
昭和33年3月「響焰」(主宰・和知喜八)創刊に同人として参加。
昭和38年現代俳句協会会員。
昭和58年現代俳句協会幹事。平成元年同常任幹事(経理部長)。
著著に『土の道』(昭和52年)『方来』(平成5年)がある。

 

第50回現代俳句協会賞受賞作  大坪重治

鍵の束畳に置かれ天の河
日の暮にからだが馴れる山椒魚
赤い暾(ひ)へまだはんざきのままの息
七月や予感はいまも草のなか
ははきぐさ雨の日は振り向くという
底紅のふかいところで兄に会う
喉とおる葡萄の粒がずっと遥か
死にゆくはカラスノエンドウより紅し
息ふかく吸う一斉に蟬が消え
溶けてゆけると形代のおもいけり
顔減って寝ており鰾のゆめ見るか
草笛吹こうか点滴を外そうか
水辺寄りにんげん寄りに蘇芳の花
虫の見るもの腹這えば見えてくる
葱坊主蓬けたまには牛吼える
白蓮のこの白を言わねばならぬ
ものの芽の傾斜は人の流れのよう
虚空より木の芽の互い違いなり
木の橋をはんにち休む桜餅
自己模倣して春昼の赤仁王
はるばる来ては白梅の縁(ふち)におり
空海の混じりておりし蕗の薹
夕方はなんの懐しさか山吹
囀のかたまりの七十二歳
白木蓮しだいに午後の波濤かな
信心にただの朝くる葱坊主
芹の根洗って今夜はベートーベン
蜃気楼半分は貝殻なりし
笑って食べた楤の芽の天麩羅
花びらがびしょ濡れ酸素吸入器
雨宿りしている僕は鴨の側(がわ)
地虫出る剃りあとにメンソレータム
鳥雲に入る背景を省略し
かの雪嶺呼び返すには息が足りぬ
白湯ふうふう吹いて今夜は冬木
侘助の怖ろしくなる第二景
骨を拾って軽い日の冬欅
八っ頭海鳴りの茹でこぼされて
昨日があり一本の冬木に溜まる
侘助のまま白湯冷めていたりけり
こまくさに胎蔵界のとどろくよ
鑑真和上空間に梨の円
八月十五日てのひらのありったけ
瓢箪の涯(はたて)を見たるくびれかな
快速電車に空蟬のいつかおり
蟬の穴ありしみじみと踝あり
きのうより大きな真昼白山茶花
山の日はずきんと離れ秋の蛇
首を交わして丹頂のとどろけり
一生のふとしたことに白椿

※略歴は受賞時点のものです。