2000度 第55回受賞者 前田 吐実男(まえだ・とみお)

大正14(1925)年、新潟県水原町生れ。本名富夫。俳句は小学校時代より始め、後、同郷の石塚友二の影響を受ける。戦後、「秋刀魚」「地平」同人を経て、昭和56(1981)年「夢」を創刊、主宰に。

著書:句集に『妻の文句』『夢』、共著『歳華悠悠』他多数。

2019年2月11日逝去。

第55回現代俳句協会賞受賞作  前田吐実男

猫が出た穴があるだけ春炬燵
肋骨にひびの入りたる春一番
木の芽どきうそ寒いので猫を騙す
朧夜にフェロモンを撒く山神さま
ときにきゃあきゃと混浴おぼろなり
よその子がよその嬰(こ)産んで苜蓿
鈴の猫か朧夜をゆききする
朧夜なり猫がでんぐりかえるだけ
花の留守こけしが首を鳴らしおり
桜の山を天狼の目が光って通る
窓を擦過す紋白蝶や紙切れや
たんぽぽの絮という絮吹き歩く
蛇と逢う月夜野という村はずれ
鶴ヶ岡八幡宮なり藪蚊攻め
風が出ているどろの木は俺のおやじ
やけくそに栗の花散る真ッ昼間
蝶一ぴきおらぬ真昼の菖蒲園
蝸牛身の透きとおるまで歩く
鎌倉蓮池には鬼の霍乱おりぬ
月の出を待ちては女瘦せてゆく
後ろから大かまきりに飛びつかれ
みちのくのみみずに小便かけて祟る
古妻と古猫闘うや土用の丑
巨大火蛾なり声出して湯殿に落ちる
アラビアのハーレムのごといちじく熟れ
街灯に集っている鳴かない虫
秋の蚊の音なく酒に近づけり
怪鴟いま確かに鳴いた安国寺
カンナ赤し赤しと通る猫も通る
まんじゅしゃげに蜘蛛の遺骸を還しにゆく
大屋根にときに大栗の落下音
雨月なれば豆買いに行く僧のあり
秋風にいきなり吠ゆる白い家
かくなると知りつつ齧る山椒の実
野分して家じゅうのもの出てゆけり
坂東武者の影か霧立つ切通し
白鳥啼く海越えてきし喉で
梶ヶ谷の柿盗人に柿貰う
ひまな猫ひまな女と冬の橋
梟のくるころ本は居眠りする
他人(ひと)の引越眺めておりぬ十二月
柚子二ッ眠りこけたる首一ッ
無人踏切鼬がわたり風花す
人日や嘘つく人に逢いにゆく
大寒の橋を渡ればあしたなり
海鼠買ってより大雪に往生す
雪の日は狸と話すこと多し
三寒四温と薬を溜める女かな
山笑うまで少し間のある銭洗弁天(ぜにあらい)
いまだ冬眠中わが裏山の蛇その他