2007年度 第62回受賞者 塩野谷 仁(しおのや・じん)
昭和14年生まれ。栃木県出身。千葉県船橋市在住。
俳歴
昭和37年、「海程」創刊と共に金子兜太に師事、昭和39年同人。昭和58年「海程賞」受賞。平成11年、同人誌「遊牧」創刊、代表。
句集に「円鐶」「塩野谷仁句集」「独唱楽譜」「東炎」「荒髪」。共著に「現代の俳人101人」など。
現代俳句協会幹事。
第62回現代俳句協会賞受賞者作 塩野谷 仁
地球より水はこぼれず桜騒
遠くの人から仆れだす春景色
手をつなぐため薄氷を壊すかな
野遊びのはじめの影を知っているか
桃の花遅れぬために遅れてゆく
喉すべる飴玉を花冷えという
春の道ひとつは黒船へつながる
竜天に登り近江に卵一つ
春愁にもっとも近く鍛冶屋あり
蓬餅橋はさびしきものと思え
誰か来て鏡割りゆく八十八夜
桐の花真昼をまひるまが通る
棒立ちで泣く男いる稲の花
橋いまも墜ちつつあらん麦の秋
物質として水掴む五月闇
誰がために月は傾く梅雨菌
国分尼寺までは螢を灯しゆく
夜の中の夜をさみしき大百足
夏至過ぎというは水辺の大男
水に底あれば水澄む夏休
知るかぎり道は曲りて夏落暉
目瞑りて木の瘤増やす晩夏かな
八月は花の白から奉る
人類さみしこの晴れを藪蘭咲いて
かくじつに階段は果つ天の川
走らねばてのひら冥し秋の水
書きなぐる一文字探す花野かな
狐の剃刀わが名呼ばれぬうちに
畢竟いま縄文後期天の川
手足あることの暗さを衣被
紅茸を蹴り夭折に遅れおり
階段の奥は深くて三島の忌
まひるまも落ちる星あり竜の玉
ついに落ちてこぬ石を待つ神無月
ある筈のない文字さがす冬紅葉
地続きに落日もあり韮雑炊
山茶花のつづきの白を毀しおり
狂うために生れるまえの障子開く
冬野よりあさっての火を持ち帰る
冬旱またもにんげん落ちる音
水鳥に水鳥の来て夢違え
冬野より戻れば冬野光るのみ
ただひとりにも波を打つ冬の水
数え日の遠き柱の丸さかな
深入りして冬のキリンを歩ませる
倒されている自転車を寒という
どこにもなくてどこにもありて寒の月
むかしより舌はかなしく寒九郎
夢に夢みて寒の月とり逃がす
一月の全景として鷗二羽
※句は現代俳句データベースに収録されています。
※受賞者略歴は掲載時点のものです。