2013年度 第68回受賞者 星野昌彦(ほしの・まさひこ)
・昭和 7年(1932年)愛知県豊橋市生まれ。愛知県豊橋市在住。
・昭和30年(1955年)内藤吐天に師事。
・平成 元年(1985年)「景象」主宰。
・昭和58年(1983年)第1回現代俳句協会新人賞受賞(後に現代俳句新人賞に改称)。
・昭和61年(1986年)第5回現代俳句協会評論賞受賞(後に現代俳句評論賞に改称)。
・句集に、第15句集『天狼記』他、評論集に『歴程抄』他。
星野昌彦 『花神の時』 自選五十句
花神の時浴槽に首浮いてをり
爺ら肩組めば矢鱈に桜かな
死ぬまでは戦後乾きし花筵
戦後からとびとびに来て桜かな
溶接の火を噴く誰も彼もピカソ
クリムトの馬動かざる春の暮
富士山を見捨てて走る草野球
死なば骨残る連翹花盛り
桜蘂降る東北のこと語らざる
凶年や瓦礫から蝶湧き上がり
セシウムなど見えず巻き込む牛の舌
殺されし牛へ繋がる風の途
傘寿言祝ぐ紙屑籠に紙溢れ
春の宵婆ら隠るるバスタオル
眠る子の指緩みたる握り飯
春眠や水漏れている保育園
いづれ死ぬ金魚時々空気を呑み
夏瘦せて馬に会ひたる峠かな
麦秋や精一杯パン焦げてゐる
昼の月石垣に蛇食ひ込みて
「このアカデミック」崩れし蟬の殻
痴呆すすむ首振つてゐる扇風機
永遠は即瞬間や油虫
鼠花火狂ふ少年らも狂ひ
父の系図立て掛けておく蠅叩
父の死後すこし躄りし陶狸
夏椿死亡欄から読みはじめ
河骨や婆は死ぬまで着ぶくれて
電柱があれば爺寄る油蟬
立葵とぎれとぎれし犬の尿
真つ当に生きて汚れし羽抜鶏
日々好日胡瓜は糠に埋まりゐて
風立ちぬ厠から婆しぐれつつ
怺へゐて時々は鳴くきりぎりす
晴天続く東司に入りし草虱
椅子浅く掛けて死を待つ鳶の笛
無花果裂けどこかで母が呼んでゐる
かりがねや海に出て行く隅田川
傾きしまま削られし鰹節
人生はおほかた虚構鉦叩き
襟巻の狐おのれの尾を嚙みて
水田や孤独に抜きし鷺の脚
みんな晩年秋鯖の腸ひき抜かれ
秋風や吸ふ時も鳴るハーモニカ
一隅を得て寒がりし神楽笛
きさらぎや叱られてゐる三河犬
薄氷をかざして遠き昭和かな
霜踏んで誰か故郷を思はざる
はじめから雪溶けてゐる虚像かな
花神の時宙に崩るるゆりかもめ