2019年度 第74回受賞者 永瀬十悟(ながせ・とおご)
・1953年(昭和28年)福島県生まれ。66歳。
・2003年(平成15年)第56回福島県文学賞受賞
・2011年(平成23年)第57回角川俳句賞受賞
・2013年(平成25年)句集『橋朧―ふくしま記』(コールサック社)
・2018年(平成30年)句集『三日月湖』(コールサック社)
・俳句同人誌「桔槹」、「群青」所属。
福島県文学賞俳句部門審査委員。福島民報・民報俳句選者。
永瀬十悟 『三日月湖』五十句抄
逢ひに行く全村避難の地の桜
早蕨や土ふくらみて人を待つ
笑ひ声聞こえし頃の家朧
村はいま虹の輪の中誰も居ず
棄郷にはあらず於母影原は霧
楪や更地に残る屋敷神
村ひとつひもろぎとなり黙の春
しづかだねだれもゐないね蝌蚪の国
除染袋すみれまでもう二メートル
鴨引くや十万年は三日月湖
汚染土を運ぶトラック日雷
棄て牛に水やる人よ青嵐
廃屋に仏壇見ゆる薄暑光
滴りの行き着く先の汚染水
六千人働く廃炉盆の月
牛の骨雪より白し雪の中
陽炎や日本に永久の仮置場
津波の地ひと刷毛にして春の雪
たんぽぽや津波の砂の残る坂
破船あり花菜あかりに包まれて
どこまでも更地どこまでもゆく神輿
七年目植田に故山戻りけり
更地とは片陰もなくなりしこと
コスモスや片付けられし墓百基
ひひなみなをさながほにていのちなが
花屑の掃き寄せられし中に翅
さみしさを知り初めし子と花種蒔く
杼と筬のあはひに春日織り込まる
蛇穴を出る切れ長の眼なり
新樹林魚のひかりに水ゆるる
花あやめ畳の国に生まれけり
炎天の熱持つペンも行く道も
箱眼鏡この世の音の消えにけり
苧の原に眠れり火焔土器
かなかなのここは宇宙の渚かな
ふところに鬼の子を入れ名もなき木
松明あかし果て真つ白な月残る
牡丹焚火照らされてゐる我が無明
仏像に微かな朱色山眠る
かもめ百放り投げたり冬青空
文明は生贄が要る垂るる蛇
淡雪や海にピアノと核の塵
大牡丹闇に浮くなり地震の国
ほたる火や核災は何奪ひたる
戦火戦渦戦禍泉下へ鳳仙花
我に砂漠草の実飛んで来たりけり
それからの幾世氷の神殿F
絶滅の凍星となり漂ふか
泥土より生まれて春の神となる
耕して握る真土やとこしなへ