秋も深まった頃、駅からの夜道を歩いているときなど、道の左右の草むらからの降るような虫の音。その草むらを照らす街灯のその光りの届かない辺りの暗がりが、殊に激しい虫しぐれである。そんな夜道を歩くときに、何時も思い出すのがこ […]

　句集「和栲」で第十八回（昭和五十九年）蛇笏賞を受賞した。森澄雄が推薦し、山本健吉、飯田龍太が即座に同意したという経緯がある。ほとんどの選考委員に面識がなかったという予想外の受賞で、俳壇の耳目を集めた。 　英文学者だが、 […]

　作者の所属する「鷹」では、二句一章、いわゆる取り合わせの句が多かった時期があったように思う。主宰の藤田湘子が句の切れを重視したこともあるが、この手法は二つのモノやコトが響き合って、しばしば奥深いイメージを造成する。巧妙 […]

　所属する雑誌の現代俳句月評でこの句を書いた。月刊誌「俳句」の昭和六十年七月号掲載作品である。この作者には難解な句が多い。ひと言で言えば深遠であり、言葉の意味を一つ飛び越えないと理解しにくいところがある。 　金剛界・胎蔵 […]

　鳴戸奈菜という作家はつくづく言語感覚に優れている人だと思われてならない。自分の思念や情念、ひいては自分の身体感覚で捉えた世界を、ことばの持つ想像力を駆使して軽やかに表現する。このこと、掲句では、あの艶やかで濃厚な「桃の […]

　柿本多映氏の文章の中で、印象的な一文がある。そこにはこう記されていた。「私にとって書くという行為は、自己確認するためのものであ」り、それは「存在の原点に分け入る行為と同じであるという確信」があって、「存在とは命。命は死 […]

　森田智子が現代俳句協会賞を受賞したのは昭和五十七年。奇しくも、現会長の宇多喜代子氏と同時受賞だった。受賞作品抄よりそのいくつかをここで抜き出してみたい。 　　地下鉄に後頭並び敗戦忌 　　金魚掬う少女に不幸兆しおり 　　 […]

　一読、口調がよくてアラ素敵、とそれで終らせたい句だが、読んだら最後、脳裏に焼きついてしまう。なぜか。句の舞台は森か林。そこに切株がポツネンとある。わたしは一個の切株と受け取ったが、幾つかあると捉えることもできる。ただし […]

　シンプルこの上ない句。イメージもぶれることなく立つ。主人公でいなびかりを見ているのは女人であり作者自身であろう。写真で見る多佳子はいつも和服を着ているのでこの場合も和服姿であろう。着物の生地は柔らかいものではなく紬のよ […]

　大牧氏が第一句集『父寂び』を文庫版で再上木された。以前から大牧氏をプロの上手い俳人と思っていたが、どこがどう上手いのかよく認識していなかった。しかし今回こういうことかなと思った。作者の人柄と人生の喜怒哀楽が実に細やかに […]