籐椅子に海を見てゐるとき負けし 大牧 広 評者: 鳴戸奈菜

 大牧氏が第一句集『父寂び』を文庫版で再上木された。以前から大牧氏をプロの上手い俳人と思っていたが、どこがどう上手いのかよく認識していなかった。しかし今回こういうことかなと思った。作者の人柄と人生の喜怒哀楽が実に細やかに作品に滲み出ていて、そこが味わい深いのであると。意外に弱気で苦労人、義理を重んじる、世俗的な出世も願わないではない(「金亀子こたびも出世遠ざかり」)、が時としてそんな自分を疎ましく思っている、といった印象である。しかし、それはあなたや私、つまり誰にでも共通するものであって、一言でいうと、非凡なほど平凡な人間性を詠む俳人である。それこそ俳諧(俳句)が和歌と袂を分かった特性の一つであり、この側面を私は日頃から大事にしている。句集の冒頭あたりから句を拾うと、
  瓜苗をよき隣人として頒つ
  栗落ちて生涯の飯あたたかし
  歳晩のひとつ吊革つかみ合ふ
  横顔のあきらめが売る寒蜆
 むろん掲句の「籐椅子に」をはじめ詩性に富んだ句も散見されるが、なべて夢想ではなく現実の心情という抑制が効いている。
  昨日焼きし手紙のいろの雪降れり
  不意に刃のすべりぬ桃のひとところ
 他にも哀しくて笑ってしまうような作品が並んでおり、日常に倦みつかれているとき、ここに共有者を見つけて慰められること必定である。

出典:『父寂び』
評者: 鳴戸奈菜
平成22年7月11日