2009年1月27日 / 最終更新日 : 2019年2月7日 gendaihaiku 現代俳句コラム 渡り鳥わが名つぶやく人欲しや 原 裕 評者: 倉橋羊村 昭和二十八年作。作者の彼と、まだ親しくなる前の句である。 作者と川崎三郎、それに私の「三人の会」を始めたのは、昭和五十四年初冬で、鈴木鷹夫の処女句集『渚通り』の出版祝のあと、三人で飲み直した折のことだった。 作者と […]
2009年1月17日 / 最終更新日 : 2019年2月7日 gendaihaiku 現代俳句コラム 木の実のごとき臍もちき死なしめき 森 澄雄 評者: 倉橋羊村 句集『所生』所載。 アキ子夫人は、医者の治療の不備もしくは怠りによる心筋梗塞の発作で、亡くなった。 昭和六十三年八月のその朝、十一時、いつも通り夫人の運転する車で、近くの西武線の駅へ送って貰い、療養に通っている伊豆 […]
2009年1月1日 / 最終更新日 : 2019年2月7日 gendaihaiku 現代俳句コラム 五月晴れ ゆつくり ターンを 乳母車 大高弘達 評者: 阿部完市 一句中、三つの休止が設けられている。五月晴れ、ゆつくり、ターンを、と区切って一句詠みはじめ、乳母車、と詠みおわる。十八音の間に、一音づつ――三者の休止があり、二十一音によまれる。そして、この一句の、その乳母車が、ゆっく […]
2008年12月21日 / 最終更新日 : 2019年2月21日 gendaihaiku 現代俳句コラム 蟋蟀に似て来し母の語り口 さいとう白砂 評者: 阿部完市 蟋蟀・こおろぎが、静かにまたにぎやかに鳴きはじめる秋口。謡曲「松虫」―秋の虫たちの、口を揃えての鳴き声のありさまを、古の機織りの音にひきくらべながら、<きりはたりちょう つづりさせちょう きりぎりす蜩(ひぐらし) 色々 […]
2008年12月21日 / 最終更新日 : 2019年2月21日 gendaihaiku 現代俳句コラム 日記買う余命限りの無きごとし 守田椰子夫 評者: 阿部完市 昨年の十二月半ば、十五日の夜半。呼吸困難、胸内苦悶などと、教科書にあるとおりの自覚症状。救急車がよばれて、三十分ほどのS病院に入院した。担架にのせられて、運ばれた。ふと見上げた夜空。星がきらきら。「あれ、きれいですな」 […]
2008年12月11日 / 最終更新日 : 2019年2月21日 gendaihaiku 現代俳句コラム 木葉髪あはれゲーリークーパーも 京極杞陽 評者: 宇多喜代子 よきアメリカの良心の象徴であったゲーリークーパーを見てきた世代の一人である私には、切なくも身にしみる「木葉髪」である。「あはれ」が、あの善良なアメリカ人を演じて右に出るものはないといわれたクーパーになんとよく似合うこと […]
2008年12月1日 / 最終更新日 : 2019年2月21日 gendaihaiku 現代俳句コラム まつぴるま河豚の料理と書いてある 京極杞陽 評者: 宇多喜代子 「書いてある」が「食いに行く」ではまことにつまらなくなる。この「書いてある」のおかしさ。この作者の天然のおおらかさが、おかしさがサラリとでていて、じつに好もしい。さてさて、京極杞陽は「まつぴるま」にこの「河豚の料理」を […]
2008年11月21日 / 最終更新日 : 2019年2月21日 gendaihaiku 現代俳句コラム アドルムを三鬼にわかつ寒夜かな 横山白虹 評者: 宇多喜代子 アドルムは催眠鎮静剤だが、大量に飲むと命を落とす。戦後の一時、アドルムによる自殺がはやった。そんなことを思い出しながらこの句を読むと少なからずぞっとするが、何のための使用であれ、医師としての白虹ならではの句である。 句 […]
2008年11月19日 / 最終更新日 : 2019年2月21日 gendaihaiku 現代俳句コラム 墓標立ち戦場つかのまに移る 石橋辰之助 評者: 谷山花猿 「俳句研究」第五巻十二号(昭和十三年十二月号)掲載。年間自選作品としてだされたもので、無季の戦火想望俳句である。このころ、辰之助は新宿帝都座の照明係をしており、西東三鬼・石田波郷・高屋窓秋らが遊びに来てはニュース映画を […]
2008年11月11日 / 最終更新日 : 2019年2月21日 gendaihaiku 現代俳句コラム 冬の夜の湯槽の底を踏まえゐる 日野草城 評者: 宇多喜代子 句集『花氷』を読み返していて目についた句。この風呂は、たぶん五右衛門風呂だろう。鉄製でできた湯船が熱くなるので、底板を両足で「踏まえ」て身を沈める。いまほどの暖房設備がなかったころ、冷えたからだを芯から温かくするのは、 […]