木の実のごとき臍もちき死なしめき 森 澄雄  評者: 倉橋羊村

 句集『所生』所載。
 アキ子夫人は、医者の治療の不備もしくは怠りによる心筋梗塞の発作で、亡くなった。
 昭和六十三年八月のその朝、十一時、いつも通り夫人の運転する車で、近くの西武線の駅へ送って貰い、療養に通っている伊豆の畑毛温泉に着いた作者は、突然の心筋梗塞を告げる電話を受けて、急遽引き返した。
 帰京したその足で、病院へ駆けつけた時はすでに夫人は亡くなっていた。医者は「奥さんの心臓は残念ながら、救急車で着かれた時、すでにこわれていました」と、告げた。
 だが、その寸前、子息から手短かに、夫人が病院到着後、苦しみつつ明日の予定変更の連絡を頼んだ報告を受けていた作者は、
「君、嘘をいうな」
 と、色をなして激怒した。
 心臓のこわれた人間が、口のきける筈がない。救急車から降ろしたまま、第二次発作が起こるまで、未然防止の措置をとらずに二時間も放置したことを、正直にあやまらなかったのだ。もし完全介護の設備がないのなら、設備の整った病院へ転送措置をとらなかったのか。……ともかくすべて手遅れとなった。
 この句の「死なしめき」に、作者の無念がこもっている。「木の実のごとき臍」とは、何たる哀しく、愛しい表現だろうか。そう評することすらも拒みたい決然たる嗔りが、この句を厳めしく鎧っている。
 
出典:『所生』
評者: 倉橋羊村
平成21年1月17日