2013年11月1日 / 最終更新日 : 2019年1月24日 gendaihaiku 現代俳句コラム 水枕ガバリと寒い海がある 西東三鬼 評者: 國定義明 2010年10月、国民文化祭(俳句)が岡山県津山市で開催されたとき、案内を受けて三鬼生家を訪れた。西東三鬼生誕の地の石柱の横に「枯蓮のうごく時来てみなうごく」の句碑がでんと置かれてある。場所は吉井川堤の地続きの南新座に […]
2013年10月21日 / 最終更新日 : 2019年1月24日 gendaihaiku 現代俳句コラム 鉄骨を空へ足すかなしみも汚れ 林田紀音夫 評者: 恩田侑布子 むかし庶民は、民草とも青人草ともいわれていた。水流のほとりで、草や木とともにみどりの集落をつくった。木は亭々と空にそびえるが、草は風になびき、地べたと親しい。人もまた水を引いて稲と苦楽をともにした。木陰に憩うことはあっ […]
2013年10月11日 / 最終更新日 : 2019年1月24日 gendaihaiku 現代俳句コラム いつもかすかな鳥のかたちをして氷る 対馬康子 評者: 恩田侑布子 富士の裾野にはあまたの溶岩洞窟がある。そのうちの、ひとけのない一つに入る。天井からしたたる雫が、岩棚の上に一滴ずつ結氷し、洞穴に吹き込む風の向きによって、ふしぎな形をなしている。昼なお暗い洞窟を照らすヘッドランプに、か […]
2013年10月1日 / 最終更新日 : 2019年1月24日 gendaihaiku 現代俳句コラム 百年は死者にみじかし柿の花 藺草慶子 評者: 恩田侑布子 てらてらと光が庭先にこぼれる。田舎にはあちこちに柿の木がある。あらゆる新緑の中で、もっとも記憶に深く身近な木。葉をさっと天ぷらにすると、ぱりっとした歯ざわりに、ほわっとした甘さがにじむ。花は秋には実になる。柿をもいでし […]
2013年9月21日 / 最終更新日 : 2019年1月24日 gendaihaiku 現代俳句コラム むらさきに犀は烟りて大暑なり 中村和弘 評者: 柳生正名 第3句集「東海」より。2010年の作を集めた「気流」の章に収められている。 同集には 馬の背に朝鮮半島灼けており 舟虫の熱もつ岩を祀りおり など、盛夏それも炎天下で詠まれたとおぼしきものに特に印象的な作が […]
2013年9月11日 / 最終更新日 : 2019年1月24日 gendaihaiku 現代俳句コラム 風吹いて蝶々迅く飛びにけり 高野素十 評者: 柳生正名 個人的なことだが、太宰治が身を投げた上水べりに住んでいる。両のきりぎしには、まだ武蔵野の雑木林の面影が残り、水の流れは風を呼ぶ。おかげで、この句そのままの光景をしばしば目にする。太宰はどうだったろう。 昭和4年6月号 […]
2013年9月1日 / 最終更新日 : 2019年1月24日 gendaihaiku 現代俳句コラム ぶつかる黒を押し分け押し来るあらゆる黒 堀 葦男 評者: 柳生正名 数年前にインターネットで検索したところ、「発表時に読んでいると分かる句かも知れないが、現在この句のみを上げられてもよくわからない」という、この句への論評に出会い、少し驚いた。第1句集「火づくり」に収められた葦男の、とい […]
2013年8月21日 / 最終更新日 : 2019年1月24日 gendaihaiku 現代俳句コラム 針葉のひかり鋭くソーダ水 藤木清子 評者: 田中亜美 針葉とは、葉が針のように細長いマツやスギなどの針葉樹のこと。「針葉のひかり」とは、一瞬、触覚にも視覚にも痛みが伴うような閃光それ自体を指しているのだろう。そして、そのような光が、明滅するものとして、鮮やかなグリーンの色 […]
2013年8月11日 / 最終更新日 : 2019年1月24日 gendaihaiku 現代俳句コラム 天が下雨垂れ石の涼しけれ 村越化石 評者: 田中亜美 「天が下」とは、国土、天下、全世界のこと。句の大意は、全世界を背景に、今ここで、雨のしずくの滴っている石の何と涼しいことだろう、となろうか。雨の降っている最中と読めないこともないが、個人的には、雨の上がった直後の句、き […]
2013年8月1日 / 最終更新日 : 2019年1月24日 gendaihaiku 現代俳句コラム 気球とねむらず北ドイツ人フォークト教授 阿部完市 評者: 田中亜美 深夜、霧がかった雲が、のっそりと動いてゆくような、しずかな憂愁をたたえた情景である。「北ドイツ人フォークト教授」は、実在の人物とも架空の人物ともどちらともとれるだろう。フランスやイタリア、あるいはアルプス山脈を頂く南ド […]