風吹いて蝶々迅く飛びにけり 高野素十 評者: 柳生正名

 個人的なことだが、太宰治が身を投げた上水べりに住んでいる。両のきりぎしには、まだ武蔵野の雑木林の面影が残り、水の流れは風を呼ぶ。おかげで、この句そのままの光景をしばしば目にする。太宰はどうだったろう。
 昭和4年6月号のホトトギス初出。本欄の読者の過半が抱く感想は「そのまま、当然過ぎてただごと」だろうか。日野草城にして「平々凡々たるものが何かしら含蓄の深い味わひのあるものゝやうに見過られる」と公言し、「けだし天下の愚作と断定して憚りません」(昭和5年2月・山茶花)。
 かのアインシュタインがこの句を読んだらどう感じたろうと思う。普段なら舞うように宙を漂う蝶が、春の風に乗り、すっと飛んでいった。蝶がもし光速で飛んでいたら―天才の頭脳にはそんなイメージが浮かびはしなかったか。追い風に乗り、蝶は光より少し早く飛べる―凡人はそう考える。しかし、誤りだ。
 光の蝶はどんなに迅い風に乗っても、元の速さでしか飛べない。それまでの常識では信じがたいが、実験してみると間違いない、この事実を新たな出発点に、この天才は次々と世界の秘められた実相を暴いた。例えば、宇宙船の速度が光に近づくにつれ、船内の時間の流れ方は遅くなる、とか、一つの爆弾で数十万人の命を奪うことが可能、とか。すべて今では当たり前の真実とされる事がらである。
 一般相対性理論完成後、10年余経過した当時の彼が句に描かれた蝶の姿を実際に目にしていたら…。「ただごと」としか受け止められなかった、かつての自分のことを愚かしく思う一方、色々知ってしまった今の自分が少し恐ろしく、後ろめたく思えたかもしれない。
 ニュートンも木から落ちる林檎を見て、万有引力に気付いた。彼以前にその平々凡々たる光景を見た人は何億人いたことか。が、法則を発見したのは―と考える時、「ただごと」という言葉を使うことが恐ろしくなる。
 
評者: 柳生正名
平成25年9月11日