海上に朝の道あり桑解かれ 櫻井博道  評者: 山崎 聰

 櫻井博道といっても、今では知る人もすくなくなったが、昭和三十年代から四十年代にかけて、新進気鋭の若手のホープとして活躍、俳句入門したての私などには、眩いばかりの存在であった。
 掲句は、昭和四十年の現代俳句全国大会で第一位(協会賞)になった作品で、このあと昭和四十五年には第十七回現代俳句協会賞も受賞している。句集名『海上』は、おそらくこの句からとられたものと思われる。
 “海上に朝の道あり”は、もちろん現実の景ではない。しかし朝の光が射しはじめた海原に、何か一本の明るい道が見えたというのは、全くの虚構でもない。たしかにそのように感じられることがある、という意味で、まさに虚実のあわいにある“海上の道”なのである。
 “桑解かれ”の開放感、“朝の道”の希望と期待に満ちたみずみずしさ。当時三十歳代だった作者の、若々しい青春性に、息を呑む思いがする。
 博道氏の俳句は清明にして柔軟、知性と情感の見事なバランスが素晴しい。句集『海上』のあと『文鎮』(昭和六十二年刊)、『椅子』(平成元年刊)がある。
 因みに博道氏とは、寒雷新人句会などで何度か句座を共にしたことがあるが、物静かで端正な白皙の青年といった印象が今でも忘れられない。私と同年、六十歳での早逝が惜しい。

出典:『海上』(昭和四十八年刊)

評者: 山崎 聰
平成21年5月12日