2014年5月21日 / 最終更新日 : 2019年1月11日 gendaihaiku 現代俳句コラム 陽炎より手が出て握り飯摑む 高野ムツオ 評者: 栗林 浩 高野ムツオ(「小熊座」主宰)の第五句集が株式会社角川より、平成25年11月に出版された。氏については、東日本大震災をモチーフにした作品の評価が極めて高かったので、まとまった句集の発刊が各方面から待たれていた。この句集『 […]
2014年5月11日 / 最終更新日 : 2019年1月11日 gendaihaiku 現代俳句コラム 向ふから俳句が来るよ冬日和 村越化石 評者: 栗林 浩 第50回現代俳句全国大会(平成25年10月)で柳田邦夫先生が「深い深い言葉の源を探して」と題して記念講演をされた。掲句はその際氏から最後に紹介された深い言葉の一例であった。村越化石(英彦)は、大正11年静岡県岡部町の生 […]
2014年5月1日 / 最終更新日 : 2019年1月11日 gendaihaiku 現代俳句コラム てふてふや産んだ覚えはあるけれど 柿本多映 評者: 栗林 浩 柿本多映は伝統と前衛を混交させて新しい味のある句を作る人だ。蝶の句も多い。たとえば、〈人体に蝶のあつまる涅槃かな〉〈凍蝶にカーテンコール響くなり〉〈回廊の終りは烏揚羽かな〉などがある。以前上梓した第二句集の名は『蝶日』 […]
2014年4月21日 / 最終更新日 : 2019年1月24日 gendaihaiku 現代俳句コラム 輪真珠の夜もうつくし草城忌 赤尾兜子 評者: 花谷 清 掲句は、いわば兜子の〈失われた〉一句。没後に編まれた『赤尾兜子全句集』に収録されず、今まで殆ど採り上げられてこなかった。この句の存在に気づいたのは、「赤尾兜子とその代表句」をテーマとした勉強会(2007年)の準備のとき […]
2014年4月11日 / 最終更新日 : 2019年1月24日 gendaihaiku 現代俳句コラム トンネルは神の抜け殻出れば朱夏 和田悟朗 評者: 花谷 清 トンネルなど、あるいは、そのような閉塞した環境にいても、外側には、きっと希望に満ちた世界が存在すると信じる作者の人生観が現れているのでは。同じような傾向の作品として 蜿蜒と地下道長し頭上の春 病むときも草原を飛 […]
2014年4月1日 / 最終更新日 : 2019年1月24日 gendaihaiku 現代俳句コラム 直感は光より疾し蝶の紋 和田悟朗 評者: 花谷 清 少年期の蝶との出遭いを作者の和田悟朗氏は以下のように記している―〝それまでに一度も見たことのない美しい蝶がひらひらと舞い降りて来て、私の行く前方の山路に止まった。日頃から夢を追うように求めていたギフチョウではないか、と […]
2014年3月21日 / 最終更新日 : 2019年1月24日 gendaihaiku 現代俳句コラム 這入つてこい六波羅蜜寺鯨の頭(づ) 男波弘志 評者: 谷口慎也 「六波羅蜜寺」と言えば〈蚯蚓(みみず)鳴く六波羅蜜寺しんのやみ〉(川端茅舎)である。当然男波はこの句を大いに意識しているはず。そこでこの句と抽出句とを比較してみる。 茅舎句は、「六波羅蜜寺」に対する読者の歴史的な事象 […]
2014年3月11日 / 最終更新日 : 2019年1月24日 gendaihaiku 現代俳句コラム 広辞苑ひらきて薔薇をみるでもなく 柿本多映 評者: 谷口慎也 今回私は、柿本多映のひとつの側面を強調するために「滑稽」という言葉を使ってみたい。諧謔では重すぎるし、おどけ・ユーモアでは軽すぎる。だから端的に「滑稽」。 この句における〈薔薇〉の揺れが面白い。どう揺れるかと言えば、 […]
2014年3月1日 / 最終更新日 : 2019年1月24日 gendaihaiku 現代俳句コラム 国生みのごと御不浄の初明り 高橋修宏 評者: 谷口慎也 最新句集『虚器』(2013年)の巻頭を飾る一句である。同時に、これまでの句集『夷狄』(2005年)『蜜楼』(2008年)をも包括する、彼の代表作でもあろう。個の感慨を述べるに慣らされてきた俳句形式が「国生み」という大い […]
2014年2月21日 / 最終更新日 : 2019年1月24日 gendaihaiku 現代俳句コラム 雪降ると兎の風船だけが赤 加藤楸邨 評者: 神田ひろみ 雪国に山賊と称して旅宿を開いている伯父がいて「へええ、楸邨さんのお弟子になったのか、そうだ、楸邨先生に泊まりに来てと言ってくれや」と言うのだった。 「山賊?」、楸邨先生は面白そうに目を動かした。正気づいたとき私は先生 […]