太陽を頂点に積みオレンジ売 小檜山繁子 評者: 中村和弘

 昭和五十年、加藤楸邨を団長とするシルクロードの旅アテネで詠んだうちの一句。
 燦々と陽光のふりそそぐアテネの街頭、オレンジを山のように積みあげて売っている。ちょうど太陽がそのオレンジの山の頂にかかり、太陽ごとオレンジを売っているかのようにも見える。太陽を頂点にしたオレンジの三角形の山、明瞭でシンプルな構図である。
 ギリシャ神話で神といえばまず太陽神のアポロンである。男性的な神で、音楽や医術を司るとされている。この句の太陽、ギリシャ神話を想起させてくれる。ゆえにこの句は、重層性を帯びて読者である私の胸中に顕(た)ってくる。太陽神アポロンの恵みで熟したオレンジ、なにやらオレンジがアポロンの子供たちのようにも思えてくる。古代よりギリシャでは、このように街頭でオレンジが山と積まれ売られていたことだろう。
 作者は、樺太に出生、戦後福島県に引き揚げる。昭和二十六年(作者二十歳)に肺結核と診断され即日絶対安静の療養生活に入り、三十三年(作者二十七歳)右肺下葉切除の手術をうける。この経歴が示すように二十歳代のほとんどを闘病生活を余儀なくされた。
 掲出の作品は、その長かった闘病生活から解放され、健康をとりもどした喜び、心の弾みが感じられる。太陽の光、オレンジのつややかな色、明るく生命感溢れるこの句は、当時の作品の作者の心そのものである。

出典:『蝶まんだら』(昭和59年牧羊社刊)

評者: 中村和弘
平成22年1月11日