黒船を閉じ込めいたる椿かな 中村和弘 評者: 渋川京子

 「椿」の持っている濃厚な質感と、「黒船」という不気味な映像を十七文字の中へ織り込んでいる不思議な一句、目にした時から鮮烈な印象が続いている。
 「椿は黒船を内蔵している」と読み解けば私の覚束無い表現方法で何か掴めるのかも知れないが、「閉じ込めいたる」のところに何かこだわりたいものがあった。
 実は句集「黒船」のあとがきに、作者みずからこの点について短くではあるが説明されている。幕末にペリーが来航して以来、欧米的資本主義によって日本は急速に経済発展を遂げた。日本の失ったもの、そして今も失いつつあるものに対して、限りない憂慮を籠めての一句である、と。
 句集「黒船」は平成19年に発刊され、すでに五年近くを経ている。今こうして読み返すとき、この作者の決して声高ではないが淀むことなくじわじわと押し進んでゆく意志が感じられる。静かな力は無限に継続するという証しを見せられる思いがする。
 今ならば戦後という言葉が踏切り板のような役割を担ってきたと思えるが、今回新たに東北大災害が加わって、その生々しい体験は私達に更なる宿題をつきつけている。新しく押し寄せてくる波を受けとめつつも、捲きこまれることの無いよう、それこそ「閉じ込める」ぐらいの気力を養いたいと思っている。
 中村和弘氏は若い頃から田川飛旅子に学び「陸」の編集を永年担当されてきた。
 平成8年現代俳句協会賞受賞、平成12年亡き師、田川飛旅子に代り「陸」の主宰を継承して現在に至る。現代俳句協会賞の受賞作品に対する評価は、独特の切り口、新鮮、躍動感など明日への期待が大であった。
 太い心棒を持った清冽な眼差しの作家として今後の活躍を信じている。

出典:『黒船』
評者: 渋川京子
平成24年7月1日