雁渡る日の流木を火となせる 松橋英三 評者: 深谷雄大

 記憶に残る映画の一場面を髣髴させる作である。北方から雁の群れが渡って来た日、海辺に漂着してる木片を集めて焼く人影があった。「誰が、どんな人が」は省略されている。作者自身が、その人に乗り移っているからである。火焔は、天にも届くばかりに高く昇っている。雁の渡って来たその日と流木の火焔に、特別の取合せはないが、ほどなく雪一色となる北国の風土性と、この作家の魂とが密接につながっているのを私は感ずるのである。流木は、留萌川を始め、その他の川からもたらされたものであろう。これもまた、送葬の一つであろうか。自らの生きてきた風土と密接につながっている海の俳句を生涯かけて作り続けて来た作者である。
 津軽地方の伝説に、雁が渡って来たとき、海上で羽を休めていた木片をくわえていて、浜辺にそれを落すというのがある。翌年、北へ帰るとき、持ち帰るためだというが、残されたままの木片もあり、浜人は、雁が死んだためとして、その木片で風呂を焚いて入り、供養した。それが伝説となり、「雁風呂」や「雁供養」という季語になったそうだが、英三作は季節も違い、生涯の地とした留萌の風土性に立脚している。
 松橋英三は、明治四十二年十月十六日、北海道留萌生まれ。家業の魚網船具商を継ぐ。昭和十年、「雲母」に拠り、飯田蛇笏に師事。同二十四年、同人。蛇笏歿後は石原八束に師事し、「秋」同人。平成三年、『松橋英三全句集』(北海道新聞俳句賞受賞)刊。現代俳句協会員。平成十三年一月二十五日病没。享年九十二歳。
 
出典:『松橋英三全句集』
評者: 深谷雄大
平成26年1月11日