いつしよけんめいへこむ薬缶や農具市 蜂須賀薫 評者: 小林貴子

 蜂須賀薫さんは一九五九年生まれ、一九九〇年に三十一歳で自ら世を去られた。
信州大学学生俳句会は、はじめの学年に小澤實さん、第二学年に宮脇真彦さん、第三学年にこの蜂須賀さん、第四学年に富樫均さんがおられ、我々は第五学年だ。当時、信大教授だった宮坂静生先生と図書館職員の清水治郎さんが指導に当たられ、句会は若いエネルギーに満ちていた。
 古い薬缶のへこみは何の変哲もないものだが、掲句のように表現すると、薬缶が「うんうん」唸りながらへこみをこしらえたようで可笑しい。蜂須賀さんには〈やむにやまれず胡瓜の曲る籠の中〉の句もある。当時は「一所懸命」「止むに止まれず」といった特色ある成語を句中に持ち込むことが愉悦であった。それは俳句を面白くする語法(技法)であると捉えて、我々もしばしば実践していた。しかし、年を経て反芻してみると、「いつしよけんめい」の句も「やむにやまれず」の句も、当時の作者の生きる姿勢の表白に他ならなかったのだと思いいたる。ほんの片言隻語にすぎない五七五、十七音字では青春の何も表現できるものではない、ただのことば遊びのようなものと考えて句会で遊んでいたような我々だったが、器としての俳句の実力は、そんなものではなかったのだ。
 蜂須賀さんにはまた、〈性欲やそら豆ありて皿に乗る〉の句もある。大胆な上五。そして中七・下五は今作者の目の前に見えている物の姿であろう。上五と、何か意味上の関わりがあるというわけではない。しかしこの句は、一読して忘れがたい。ぽつねんと放り出されたような、自分をはぐらかしているような、やるせない取り合せ。
 また、〈闇汁の中泳ぐものあるといふ〉の句は読者を大いに喜ばせた。この句はぜひ、高浜虚子の〈闇汁の杓子を逃げしものや何〉の隣に置き、併せ読んで味わいたい。

出典:『信州大学学生俳句会合同句集 瀧』(一九八五年・信州大学学生俳句会)

評者: 小林貴子
平成27年5月21日