二人ゐて二人とも桃すする音 岸本さち子 評者: 小宅容義

 夫婦と桃しかない小さな空間に充満する静謐。「すする音」は、その景をいよいよ深めているようだ。恩愛とも、孤絶とも、奇妙な感情が綯い交ぜになったような想い。ある時の一瞬を掬い上げた極めてシンプルな描写の中に作者は夫婦の生きざまを内奥から適確に捉えて見事である。
 先頃、岸本さち子(雷魚同人)は第二句集を上梓したが、宿痾はその出来る十日前に彼女の息を奪った。死を見つめながら俳句に殉じた七十六年の生涯だった。意識を失う数分前まで、震える字をメモに書き止めていたという。寺井谷子氏は、五月二十九日の朝日新聞誌上で「老いへの加速。静かな声音だけに深深と突き刺してくる。それは、非常なまでの直視の力。」と書いてくれた。
 
評者: 小宅容義
平成16年6月7日