遠方とは馬のすべてでありにけり 阿部完市 評者: 塩野谷仁

 『阿部完市俳句集成』の「鶏論」のなかの一句。
 わたしたちにとって、「遠方」とはどんな位相を占めているのであろうか。ある人にとっては指呼の間の距離かもしれないし、また違うある人にとっては、はるかな、行けども行けども行きつかぬ、目に見えない道かもしれない。そんな「遠方」を阿部完市は、「馬のすべて」であるという。この言い切り方に氏の言葉への思いをみることができる。
 俳句一句を成すとき、阿部完市はその意味性をもっとも嫌ってきた作者である。つまり、一句を成すということは、言葉を既成の意味体系からの解放を意味することで、「非意味」の世界に主体を遊ばせることが重要なのであった。そんな作者がつかまえた言葉が「馬のすべて」であったのだ。
 評者: 塩野谷仁
平成20年8月24日